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概要

『護られなかった者たちへ』待望の続編! 東日本大震災によって引かれたさまざまな“境界線”が導く真実とは? 著者渾身の社会派ミステリー小説。

14 一 生者と死者 定期的に瞬間接着剤を指先に塗布するほど慎重な人間が、己の毛髪や体液を放置するのは大きな矛盾だ。笘篠が考えるように、仮に逮捕歴があったとしても写真撮影と指紋採取しかされなかった容疑者と思われる。そして笘篠が思いつくことなら、当然東雲たちも気づいている。「被害男性を採用した際の履歴書と住民票は残っていないのか」 履歴書について確認したのは自分だ。 立ち上がった笘篠は咳払いを一つする。「被害男性の勤務先〈氷室冷蔵〉に確認したところ、採用が決まった時点で履歴書と住民票は本人に返却しています。個人情報保護の観点から写しも取っていません」「運転免許センターの方には保管していないのか」「駄目でした。〈天野明彦〉名義で保管されていたのは運転免許経歴だけです」 東雲は無言で頭かぶりを振る。笘篠が発言するなら今しかない。「管理官、よろしいでしょうか」「何だ」「被害男性が身分の詐称に偽造住民票を使用したのは明らかです。ところで先月二十八日、気仙沼の海岸で服毒自殺を図った女性がいました」 東雲は、いきなり何の話を始めたという顔をする。南署署長や山根も同様だが、事情を知る石動だけは苦虫を?み潰したように唇を曲げている。「彼女のカードケースには運転免許証がありましたが、その名前と住所は未だ行方不明となっているわたしの妻のものでした」