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概要

『護られなかった者たちへ』待望の続編! 東日本大震災によって引かれたさまざまな“境界線”が導く真実とは? 著者渾身の社会派ミステリー小説。

16 一 生者と死者「被害男性の素性が不明である現状、有効な手掛かりではないでしょうか」 話しながら、笘篠は見えない糸で絡め取られていくような感覚に陥る。東雲は浅慮な男ではない。相手の言質を取る才に長た けており、こうして言葉を交わしながら徐々に包囲網を狭めていき、いつの間にか思惑通りに約束させてしまう。 では、東雲が自分から引き出したい言質は何なのか。笘篠は注意深く言葉を選ばなければならない。「使用された偽名は君の細君の名前だったな」「はい」「言い換えれば、細君の個人情報を盗んだ者がいることになる。まさか私情絡みじゃあるまいな」「私情は一切挟んでいません」 眉一つ動かさなかった自信はある。少なくとも上司に本音を見透かされない程度には、面の皮が厚いはずだ。「同時期に住民票の偽造が二件発生しています。管理官の言われる通りこれが偶然でないとしたら、他にも偽造された住民票が出回っている可能性を否定できません。そして、もう一つの共通項が気になります」「ほう。言ってみ給え」「偽造された住民票が、いずれも東日本大震災で行方不明になった者の個人情報に依っていることです」 しん、と会議室の中が静まった。