ブックタイトル中山七里「境界線」
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『護られなかった者たちへ』待望の続編! 東日本大震災によって引かれたさまざまな“境界線”が導く真実とは? 著者渾身の社会派ミステリー小説。
19だ目ぼしい成果は上がっていない。他人の空似であったり悪いたずら戯であったりと空振りが続いている。 一方、笘篠は押収物の中から天野明彦名義の預金通帳を開いていた。肩越しに覗いていた蓮田が呆れた口調で呟いた。「何というか…… 刹せつ那な 的な生活をしていた男だったんですね」 通帳の入出金記録は単純な内容だった。預り欄は月末〈氷室冷蔵〉からの給料が二十四万円余、その翌日か翌々日に支払いで十万円ほどが出ていき、月半ばでまた十万円余が出ていく。十日には水道光熱費が引き落とされるので、給料日前日の残高は決まったように三桁か四桁しか残っていない。最後の記載は六月十二日、ATMから十四万円を引き出したもので残高は二百五十六円になっていた。「殺害された際の所持金一万七千五百円が全財産だったという読みは当たっていましたね」「競馬新聞に付けられていた赤ペンの数を考えればギャンブルにも相当なカネを注ぎ込んでいただろうからな。生活費とギャンブルで給料のほとんどが消えていく毎日だ」蓄えもできず、生活も向上しない。そういう日が続けば人はゆっくりと疲弊し、ゆっくりと絶望していく。疲弊と絶望の末にあるものは怨えん嗟さ と憤ふん怒ぬ だ。「ただ預金と手持ち現金だけで本人の暮らし向きを決めつける訳にはいかない」 背もたれに引っ掛けたジャケットを?み、笘篠は刑事部屋を出ていく。蓮田が慌てて後ろをついてくるので行き先を告げる必要はない。〈氷室冷蔵〉に到着すると、すぐに室伏を捕まえた。「ウチの社名を出してくれなかったのは有難かったです」