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概要

『護られなかった者たちへ』待望の続編! 東日本大震災によって引かれたさまざまな“境界線”が導く真実とは? 著者渾身の社会派ミステリー小説。

20 一 生者と死者 作業所隅の事務所で対面すると、室伏は開口一番そう言った。「別にウチが天野……いや、天野と名乗っていた男を酷使したとかイビっていたとかはありませんが、それでも社名が出れば口さがないヤツが色んなことを言ってくる。復興がまだ道半ばという時期に、仕事以外で従業員を悩ませるのはご免被りたいです」「報道をご覧になったんですね」「見ましたよ。あの日まで同じ職場で働いていた男が、あんなかたちでテレビに映し出されると妙な気分ですよ。何というか、こちら側とテレビの中の世界が地続きになったみたいで、こう、背中がぞわぞわっとしますな」 一般の感覚はこうしたものなのだろうと、笘篠は思う。十指の切断やら殺人やらはやはり非日常だ。自分の周囲十メートルの世界とテレビで報じられることの間には高い塀が聳そびえ立っている。「今日、伺ったのは被害男性の経済状態についてです。彼の勤務態度が真面目で余計なことは一切口にしないというのは、先日お訊きしました。しかし暮らしぶりはどうだったのかと思いましてね」「暮らしぶりというとカネ回りのことですか」 途端に室伏は懐疑心を露わにした。「殺された側のカネ回りが捜査に役立つんですか」「役立ちます。少なくとも殺された本人がどういった人間だったのかを探る手掛かりにはなります」「いくら名前を騙っていたからって、死んだ同僚を悪く言うのは、その、ちょっと」