ActiBookアプリアイコンActiBookアプリをダウンロード(無償)

  • Available on the Appstore
  • Available on the Google play

概要

『護られなかった者たちへ』待望の続編! 東日本大震災によって引かれたさまざまな“境界線”が導く真実とは? 著者渾身の社会派ミステリー小説。

21 既にこの段階で良くない話であるのを告白しているようなものだが、訊かない訳にはいかない。「案外、それが名前を騙らなければならなかった理由かもしれません。天野さんだった彼の無念を晴らすには、本人には都合の悪いことも一つ一つ明らかにしていかなければなりません」 室伏を見ていると、本人の中で相そう剋こ くする二つの感情が闘っているのが分かる。だが、捜査中の笘篠は相手に行儀の良さなど求めていない。 やがて室伏は観念したように小さく頭を振った。「あいつがスマホで競馬予想のサイトを覗いていたのは話しましたよね」「はい」「仕事ぶりは真面目な男でしたけど、唯一あれだけはダメだった。競馬にのめり込んで、すぐに給料を使い果たしちまうんです。お蔭で昼飯も安いハンバーガーとかカップ麺でね。実際、同僚からちょこちょこカネを借りていました」「給料の前借りとか、しなかったんですか」「ウチはそういうのを一切許してないんです。だから月初めは真っ当に定食を注文していても、月半ばには途端に食生活が貧しくなる。食べる物で、あいつの懐具合は一目瞭然でしたね」「職場で金銭トラブルはなかったんですか」「それはなかったですね。カネを借りても給料日にはきっちり返してましたからね。ギャンブル以外は真面目なんで、皆もしようがないと言いながら貸してましたね。まあ、かく言うわたしもなんですけど」 室伏は安堵するように短く嘆息する。