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概要

『護られなかった者たちへ』待望の続編! 東日本大震災によって引かれたさまざまな“境界線”が導く真実とは? 著者渾身の社会派ミステリー小説。

22 一 生者と死者「ギャンブル依存症、でしたか。カネにだらしないってのは確かに褒められた話じゃありませんけど、かといってそうそう貶けなされることでもないですよ。自分のカネをどうしようが自由なんですからね。それに何度も言いますけど、勤務態度さえ真面目なら、一つくらい欠点があっても却ってご愛敬というものですよ」 事務所を出ると、蓮田が小声で話し掛けてきた。「被害男性の懐は予想以上に破綻していましたね」「競馬に血道を上げて、同僚からカネを借りる。慢性的な金欠に陥って預金残高が三桁、所持金が五桁の男が夜の十一時に人けのない公園で何者かに殺害される。指先と口蓋を著しく損壊されているが、怨恨よりは素性を隠蔽するためと考えられている」「金銭絡み。それも恐喝という線ですか」「カネのない方が恐喝する側に回るのは世の常だ。恐喝される側が逆襲に転じるのもな。そして恐喝するような相手なら当然スマホに電話番号その他の情報を保存している。事によれば、恐喝のネタ自体を保存していたのかもしれない」 喋りながら自分の推論にどれだけの説得力があるかを吟味してみる。ここまでは論理に大きな逸脱はない。被害男性と犯人が顔見知りであったというのも、時間と場所を考えれば妥当な推論だった。「ひょっとしたら競馬が縁で、犯人と知り合ったんですかね」 ありそうな話だと思った。だが被害男性が県外の競馬場や県内二カ所の場外馬券売り場にまで足を伸ばさない限り、二人の接点と仮定するには根拠が薄弱に過ぎる。