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概要

『護られなかった者たちへ』待望の続編! 東日本大震災によって引かれたさまざまな“境界線”が導く真実とは? 著者渾身の社会派ミステリー小説。

26 一 生者と死者「そうだ。浴室の排水管から高圧をかけて外に吐き出させる。もちろん排水管は中で?がっているから、各部屋の汚物もまとめて排出される。それを広げて一つ一つ摘まみ上げる作業だ」 聞くだに悪臭が漂ってきそうな話だ。だが鑑識はそういう汚れ仕事をルーチン業務としてこなしている。眉一つ顰ひそめるのも憚られる。「排水口はこの裏側にある」 両角は言い放つと二人の脇をすり抜けて階段を下りていく。ついて来いとも来るなとも言われていないが、無言の引力で笘篠と蓮田は後を追うしかない。 建物の裏に回るとマンホールの蓋が開けられ、周囲を三人の鑑識課員が取り囲んでいる。その横にはブルーシートが敷かれ、排出の時を待ち構えている。「よければ手伝いましょう」「要らん。素人に手伝ってもらっても仕事が増えるだけだ。あんただって俺たちが地取りや鑑取りに参加すると言い出したら顔を顰めるだろう」 指摘通りで返す言葉がない。「あんたたち捜一が焦る気持ちも分からんじゃない」 両角の目が不意に同情の色合いを強める。「特に笘篠さん。あんたは奥さんの個人情報を盗まれている。気合いの入り方も人一倍だろう」「いや、そんなことは」「あんただけじゃない。捜査会議の席上で言うことじゃなかったから黙っていたが、大なり小なり全員が身内や知り合いの誰かを失くしている。口幅ったい言い方だが、あんたの気負いや憤り