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概要

『護られなかった者たちへ』待望の続編! 東日本大震災によって引かれたさまざまな“境界線”が導く真実とは? 著者渾身の社会派ミステリー小説。

9 笘篠から説明を聞いた二人は、それでも納得半分という表情をしている。先に疑義を口にしたのは来宮だった。「つまり笘篠さんは、殺された男が二〇一二年以前に逮捕されていた可能性が高いという判断ですか」「服役していたとしたら、更にそれ以前という可能性も考えなきゃならないだろう。これだけ指紋を隠すことのみに血道を上げているんだ。二〇一二年以前まで遡るのは決して見当違いじゃない」 笘篠はテーブルの上の競馬新聞に視線を移す。「新聞にも指紋は付いてなかったんだな」「ええ」 視界に捉えてからずっと気になっていた。テーブルに置いてあるのは著名な競馬新聞だが、そもそも宮城県内に競馬場は存在しない。馬券売り場も大おお崎さき市と大おお郷さと町の二カ所だけで、競馬という文化自体が根付いていない。競馬新聞が売られているのはコンビニエンスストアくらいで、しかも部数はごく限られている。宮城県内ではマイナーなギャンブルといっても過言ではない。 ただし男が偽の住所としていた岩手には盛岡市と奥州市にそれぞれ競馬場が存在する。場外馬券売り場も県内に五カ所ほどあったはずだ。 事によると、男の住所は本当に岩手なのかもしれない――笘篠はそう考え始めていた。 競馬新聞の日付は六月十八日、男が殺害される前日となっている。開くと中山記念の出走表に赤ペンで印が打たれている。