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概要

『護られなかった者たちへ』待望の続編! 東日本大震災によって引かれたさまざまな“境界線”が導く真実とは? 著者渾身の社会派ミステリー小説。

10 三 売る者と買う者も、世間の偏見の前では何の役にも立たん」 久谷の機嫌の悪さは自己嫌悪に起因するものだった。人を見る目が未熟なのだと、笘篠は自戒する。「真希くんのことは窃盗と強盗致傷という前科しか聞かされていなかったから、身元引受人になるのは躊躇したんだ。ところが実際に本人に会ってみると、気の弱そうな優しげな男だった。訊くでもなしに確かめてみると、コンビニに押し入った時、店員と揉み合ったために怪我をさせてしまったらしい。元来、凶悪な人間じゃない。多少性格がだらしなく要領が悪いだけだ。もちろん本人の行状は褒められたものじゃないが、ちゃんと刑期を全うして出所したのなら、それで償いは済んでいるはずだ。雇う側の心配も分からんじゃないが、偏見は持つもんじゃない」 捜査情報をどこまで開示していいかは微妙なところだ。笘篠は慎重に言葉を選びながら、次の質問をぶつけてみた。「名前を捨てたい、の後に続く言葉はありませんでしたか。たとえば他人の名前を騙ってみようとか」 問われた久谷はしばらく記憶を巡らせている様子だったが、すぐに頭を振った。「いいや。特にそんなことは言っていなかったな」「富沢公園で殺害された時、真希は別の名前で暮らしていました。働いていた職場も別名で通っています」「採用する際には住民票なり身分証明書の確認が必須じゃないのかね」「誰か、個人情報の悪用、住民票の不正使用を教唆している者がいるのではないかと我々は疑っ