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概要

『護られなかった者たちへ』待望の続編! 東日本大震災によって引かれたさまざまな“境界線”が導く真実とは? 著者渾身の社会派ミステリー小説。

15 二年前なら真希が〈氷室冷蔵〉に勤め始めた頃だ。「時期としては既に本人が出所しています。本人から連絡はなかったんですか」「前に捕まった時、父親から勘当を言い渡されています。それ以降、本当にただの一度も電話もないんです」 菜穂子は恨めしそうに言う。恨んでいるのが夫なのか、それとも竜弥なのかは分からない。ひょっとしたら本人にも分からないのではないだろうか。「主人は家の中でも校長先生でした。放任とは正反対の教育方針で、よく竜弥は叱られていました。良い子なんですよ。良い子なんですけど、絶えず誰かの背中に隠れているような子でした。そういう他人に依存する癖も主人は嫌っていました」父親に疎んじられたら当然、家には居づらくなる。「でも優しい子で、決して他人様を傷つけるような真似はしたことがありません。むしろ、いつも苛められる方で……そのうち悪い友だちと付き合うようになって、不在がちになりました。大学に進学できる成績でもなくて、挙句、就職もできずにいる時に最初の事件を起こしたんです」「ご主人が怒り心頭だったので、本人も連絡しづらかったのかもしれませんね」「わたしは何度も連絡しようとしたんですけど、主人が許してくれませんでした。頑固一徹なところがありましたから……」 家の中でも絶対的な権力を揮ふるう夫と従属する妻の姿が目に浮かぶようだった。死者に鞭打つつもりはないが、夫は息子ばかりか妻の行ぎょう住じゅう坐ざ臥がにも口を挟んでいたに違いない。そうでなければ、夫の死後も言いつけを守って息子への連絡を断っていた菜穂子の行動を説明できない。