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概要

『護られなかった者たちへ』待望の続編! 東日本大震災によって引かれたさまざまな“境界線”が導く真実とは? 著者渾身の社会派ミステリー小説。

8 三 売る者と買う者「ないね」 久谷はにべもなく答える。「出所した際に返却されたケータイをいじっているのを何度か見たが、それで真希くんを訪ねる者が何人いたかと聞かれれば答えはゼロだ。わたしが知っている限り、彼を訪ねてきた者はいない」「出所した真希はすぐ仕事を探そうとしましたか」「富谷市というのは昔からベッドタウンで、求人が急に増える場所じゃなし、やはり震災後は倒産する会社が後を絶たなかったから就職口はなかなか見当たらなかった。逆に仙台市はいち早く復興の狼の ろ煙し を上げたので、そこそこ求人もあった。ところが場所が仙台となるとわたしも知り合いがいない。刑事さんは出所者の就職状況を把握しているかね」「残念ながら、われわれは犯人を捕まえるのに精一杯でしてね」「大方の見当はついているだろうが、前科者を雇ってくれる企業はそれほど多くない。法務省では保護観察対象者を雇用してくれた企業に対して年間最大七十二万円の奨励金を支給することにしているが、年間七十二万円の支給と前科者を雇うリスクとどちらを取るかの問題だ」 久谷の口調が更に素っ気なくなる。「わたしは保護司の立場だからどんな前科を持っていても扱いは似たようなものだが、雇う側は話が別だ。軽微な窃盗と強盗致傷ではリスクの程度がまるで違う」「つまり強盗致傷罪で懲役を食らった真希は、就職するにしてもハードルが高いという趣旨ですか」