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概要

恩田陸「太陽の末裔」:変死体、建築家の日誌、行方不明の留学生の手記。日本と南米をつなぎ、古代インカ・マヤ文明の謎と人類の未来を描く、恩田陸待望の長編伝奇小説!

3太陽の末裔『ねえ、血の匂いがしない?』 自分の経血の匂いかもしれない、と思っていた時期もあった。 留学を理由にこの国に来てから、体臭が強くなったような気がする。スパイシーな味付けの肉││それも、相当に?かみ応えのある、香りの濃いがっつりしたもの││を食べ、こちらの鮮やかな色の野菜や果物を食べていると、なんとなく日に日に身体の成分が変わってきたような気がする。特に生理中は自分の体臭が気になった。 人間の細胞は、三年くらいですべて入れ替わると聞いたことがある。この国に来て一年半だから、ぼちぼち半分くらいは入れ替わっていることになる。毎食、こちらの土地でできたものを口にしているのだから、だんだん現地の人と同じ成分になっているのではなかろうか。 ほら、やっぱりこれは血の匂いだ。今は生理中じゃないし。 菜穂子はゆっくりと周囲を見回した。 ジャングルの風だけに感じる匂い。「殺さつ戮りくの匂い」という言葉が頭に浮かび、慌ててそれを振り払う。 それにしても、皆どこへ行ってしまったのだろう。 菜穂子はじわじわとパニックの兆しが込み上げてくるのを自覚していた。 たった二十分前には、皆と一緒にコフンリッチ遺跡にいたはずなのに。 観光学部の仲間と、車に相乗りして遊びにやってきたところだった。ハイシーズンから外れている上に、チチェン・イツァやウシュマルといったメジャーな遺跡ではないので、ほとんど観光客はいなかった。