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概要

恩田陸「太陽の末裔」:変死体、建築家の日誌、行方不明の留学生の手記。日本と南米をつなぎ、古代インカ・マヤ文明の謎と人類の未来を描く、恩田陸待望の長編伝奇小説!

4序章に代わる三つの風景 ひと組だけ、日本からやってきたというグループがいたけれど、観光ではなくドキュメンタリー番組を作る制作会社の人たちだそうで、少し立ち話をした以外、誰にも出くわさなかった。 人ひと気けのないマヤ遺跡というのは、実は正直言ってかなり怖い。 ジャングルの中にぽつねんと残された石造りの建造物は、どこか不気味で過去の人々の情念が残っているよう。対峙していると、じわじわとそれらがこちらの意識にまで染み込んでくるような気がする。 そう感じていたのは、各国の混成チームだった学生たちも同じだったとみえ、皆、離れることなくひとかたまりとなって散策していたのだ。陽気に冗談を飛ばしてはいても、声は片っ端からジャングルに吸い込まれてゆき、却かえって静寂を強調させるだけだった。 朝からどんよりした天気だったものの、遺跡をぐるりと回った頃には、空をどす黒い雲が覆い始め、湿っぽい風が吹きだした。 地平線の辺りが暗くなったので、そろそろ引き揚げようかと決め、出口に向かって歩きだした時だった。 ごうっ、という、地響きに近いような低い音。 ひときわ強い風が吹きつけ、菜穂子は目に弾けるような痛みを感じた。 砂が入ったのだ。 コンタクトレンズを入れている菜穂子は、突然の痛みに小さく悲鳴を上げ、目をつむった。 どっと涙が溢あ ふれてきた。あまりの痛みに身動きもできない。