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概要

恩田陸「太陽の末裔」:変死体、建築家の日誌、行方不明の留学生の手記。日本と南米をつなぎ、古代インカ・マヤ文明の謎と人類の未来を描く、恩田陸待望の長編伝奇小説!

7太陽の末裔 しかし、傾斜がきつく、とうとう足を止めてしまった。 膝を押さえて、呼吸を整える。顔が熱い。だらだらと汗が流れる。 ふと、淡い光を感じた。 見ると、足元に、うっすらと木漏れ日が差している。 セピア色とでもいうのだろうか││どろりとした、どことなく古ぼけた色である。 夕陽の光? そんな。コフンリッチに着いたのは昼過ぎで、ぶらぶらしていたのは二時間足らず。まだ夕暮れには早すぎる。 菜穂子は理解できないことの連続で、混乱のあまり、頭の中が真っ白になってしまった。 のろのろと顔を上げると、いつのまにか坂の上にいて、目の前がぽっかりと開けていた。 遠くに巨大な建造物が目に入る。 夕陽に照らされて、やけに赤い。 菜穂子は長い溜息をついた。 あれがコフンリッチの方角か。やれやれ、ずいぶん離れたところに出てきちゃった。やっぱり、全然違う方向に歩いてたから、誰にも会わなかったのね。 安堵と、かなり遠くまで来てしまったという徒労感とが同時に込み上げてくる。 それにしても、やけに赤いなあ││あんなふうに夕陽が反射してるところなんて、見たことがない。ウシュマルの白っぽいピラミッドなら分かるけど。 菜穂子は目に流れ込む汗を拭い、もう一度建造物に目を凝らした。 次の瞬間、彼女は自分が見ているものが、コフンリッチ遺跡の建造物ではないことに気付