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概要

恩田陸「太陽の末裔」:変死体、建築家の日誌、行方不明の留学生の手記。日本と南米をつなぎ、古代インカ・マヤ文明の謎と人類の未来を描く、恩田陸待望の長編伝奇小説!

4 なぜか思い出すのは幼い頃の声ばかりだった。最後に会ったのは学生時代であり、菜穂子が行方不明になる少し前のことだったので、そちらのほうを思い出してもいいはずなのに、浮かぶ顔も幼い「七夕様」の時の顔なのだ。 手元にある小さなサイズのアルバムをめくってみる。 かつて撮った彼女の写真。 まだデジタルカメラなど影も形もなかった頃の、フィルムで撮った写真。少し焼けてしまい、色が褪せた写真だ。 ここメキシコで撮った写真も含まれている。 当時、彼女はこちらの大学に留学していて、私と櫂とで遊びに行ったのだ。 三人で写った写真は、彼女の同級生が撮ってくれたものだ。 菜穂子の実家は古い温泉旅館で、彼女には兄と姉がいたので彼女が継ぐ可能性は低かったものの、彼女はホテルマネジメントに興味があり、留学先も観光学科があるメキシコの大学を選んだのだ。メキシコは観光資源も多く、名の知れたリゾート地に世界中から観光客がやってくる。日本にもいずれ世界中から観光客が訪れる時代が来るに違いないと彼女はよく語っていた。 それにしても、何度思い返してみても、雲をつかむような話というか、狐につままれたような話、という手垢のついた表現しか頭に浮かばない。 こうしてユカタン半島にやってきた今も、半信半疑としか言いようがないのだ。