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概要

恩田陸「太陽の末裔」:変死体、建築家の日誌、行方不明の留学生の手記。日本と南米をつなぎ、古代インカ・マヤ文明の謎と人類の未来を描く、恩田陸待望の長編伝奇小説!

5 菜穂子は昔から少し不思議なところがある子だった。 いや、菜穂子だけでなく、菜穂子の家族は独特の雰囲気を持っていた。なんでも、元々は渡来系で、古くは大陸からやってきた人たちだったという。石工技能集団として九州地方にいたのだが、仕事を請け負いつつ移動を繰り返し徐々に北上してきて、最終的に長野に落ち着いたということらしい。温泉旅館を営みつつも、さまざまな技術を持つ職人としても暮らしてきたという。 今でもよく覚えているのは、菜穂子のおじいさんの話だ。 菜穂子のおじいさんは、和傘作りの職人を兼業していて、菜穂子が小さい頃はまだ細々と和傘を作っていたが、とにかくものすごく天気がよく当たるというのである。 そのことは近隣でも有名で、天気の予想がつかず、判断に迷った時はあそこのじいさんに聞けと、林業や農業関係者のあいだで言われていたそうだ。 大人になってから、ある種の専門職に就いている人にしばしばそういう人がいると聞いたことがある。漁師の網元や、漆器職人や、手延べ素麺を作る人など。つまりは、扱う品物が湿度や天候に左右される人は、おのずと敏感になるということだろう。 菜穂子にも、それに似たようなものが備わっていた。そう感じていたのは、私だけではないと思う。 忘れもしない。たぶん小学校に入ったばかりの春の遠足の時のことだ。 風はあったが、暖かくていい天気だった。 近所の、子供の足にはちょうどいい、そこそこの高さの山の、ハイキングコースを登って