ActiBookアプリアイコンActiBookアプリをダウンロード(無償)

  • Available on the Appstore
  • Available on the Google play
  • Available on the Windows Store

概要

恩田陸「太陽の末裔」:変死体、建築家の日誌、行方不明の留学生の手記。日本と南米をつなぎ、古代インカ・マヤ文明の謎と人類の未来を描く、恩田陸待望の長編伝奇小説!

6いた。初心者向けの山として知られていた。皆でおしゃべりしながらの、賑やかなハイキングである。 私は菜穂子と並んで歩いていたが、そのうち、彼女がしきりに空を見るのに気付いた。 それも、意識して見ているのではなく、私と話をしている最中、ふと、何かに呼ばれたように顔を上げ、不安げに上空を見上げるのだ。 それが不思議で、「どうしたの?」と尋ねると、「なんでもない」と首を振る。 が、やがて、私の声も耳に入らないかのように黙り込むと、突然ぴたりと足を止めてしまった。「どうしたの?」 私が尋ねても、菜穂子は返事をしない。足元を見つめて、青ざめて黙り込んだままだ。「具合悪いの?」 そう尋ねると、菜穂子はハッとしたような顔で私を見た。 そして、少し間を置いてからこっくりと頷いたのである。実は、その時、私は菜穂子の声が聞こえたような気がしたのだ││ああ、そうすればいいんだ、と。 菜穂子は崩れ落ちるように、その場にうずくまった。なぜか安堵しているように見えた。 私はその表情の意味に気付かなかったので、先生、菜穂子ちゃんが具合が悪いそうです、と呼びに行った。 ハイキングの列はしばらく止まったままになり、やがて引き返すことになった。その決断