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概要

恩田陸「太陽の末裔」:変死体、建築家の日誌、行方不明の留学生の手記。日本と南米をつなぎ、古代インカ・マヤ文明の謎と人類の未来を描く、恩田陸待望の長編伝奇小説!

7まで、三十分近くかかったのではないか。 皆の列が動き始めたその瞬間。 雷のような、凄まじい轟音が辺りに響き渡った。 皆がぎょっとして凍りつく。私はびっくりして、思わず菜穂子にしがみついてしまった。 周囲に悲鳴が上がる中、しがみついた菜穂子一人だけが、平然として冷静なのを異様に感じた。 轟音は、三分近くも続いただろうか。 ようやく静かになってから、先生が音のしたほうを見に行き、真っ青になって戻ってきた。ハイキングコースの先、たぶん菜穂子の件で皆がとどまっていなければ通ったであろうコースに、山頂近くに残っていた雪が融けて大量の地すべりを起こしていたのである。 大騒ぎで下山を始めた頃には、菜穂子はケロリとした顔をしていた。さっきの青ざめた顔が?のようだった。 何もなかったかのように平気な顔で山を下りていく菜穂子を見て、初めて私は疑念のようなものを感じた。 もしかして、彼女は地滑りが起きることを知っていたのではないか。だから足を止めたのだけれども、そのことを口に出せなかったのではないか。私が「具合悪いの?」と聞いた時、そうだ、具合が悪いことにすれば、引き返すことができる、と気付いたのではないか。 しきりに、運がよかった、あのまま進んでいれば大変なことになった、と周りが興奮し胸を撫で下ろす中、無言で黙々と歩き続ける菜穂子を見て、私はそう確信したのだった。