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概要

朱川湊人,主夫のトモロー,家族小説,NHK出版,WEBマガジン,イクメン,斉藤知朗,花まんま,直木賞

12思えば、世間に敷かれている常識のレールというものは、本当に面倒くさいものだ。その常識に合わせようとして、多くの人が無理をしている。その常識にとらわれ過ぎて、もっと大事なものを壊してしまうこともあるのに。おそらくはトモローの両親が離婚したのも、そんな常識みたいなものに振り回された結果だったのではないかと思う。実家が経営するホテルを継がなければならなくなった母親と、その母親についていくことを、男としてみっともないことだと考えて拒絶した父親──今の自分の目で見れば、他の解決策もあったのではないかと思えるが、きっと当時の両親には、何も思いつかなかったのだろう。「ごめんなさいね、知朗……あなたたちのことは、いつも気にかかっていたのよ」広島で会った母親の顔を思い出すたび、トモローは胸元に重いものを乗せられているような気分になる。あの時、自分の取った態度が正しかったのかどうか、今でもわからないからだ。トモローが広島の母親に会いに行ったのは、七草が過ぎた頃のことだ。事前に行くとも告げず、美智子もチーコも連れていかなかった。兄貴に教えられたホテルを尋ねると、癌を患っているはずの母親は、普通に働いていた。たまたま調子が良かったのか、あるいはムリしていたのかはわからない。ただ顔色は、確かによくなかった。