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概要

朱川湊人,主夫のトモロー,家族小説,NHK出版,WEBマガジン,イクメン,斉藤知朗,花まんま,直木賞

13動いている母親を初めて見たトモローは、自分がずいぶん冷静であることに驚きを感じた。特に感慨もなく、感情が大きく波立つこともなかった。まさか〝三歳児神話〟ではないだろうが──自分の中に母親を恋しいと感じる気持ちや、恨めしく思う気持ちが、まったくないのだ……ということを、改めて認識しただけだ。「あの……東京の知朗です」ホテルの玄関先で母親らしき人を見つけて告げた時、いきなり顔をくしゃくしゃにして泣き出されたのには、正直、ウンザリした気分になったものだ。その後、応接室に通されて話をしたが──トモローの言いたいことは、ただ一つだけだった。「もう昔のことなんて、どうでもいいです。お母さんにも別の家族がいるんですから、そこにムリに入ろうとも思いません。ただ……兄貴に謝ってもらえませんか。あなたを信じていた兄貴に、悪かったと……一言でいいですから」涙を浮かべていた兄貴の顔を思い出すと、とても黙っているわけにはいかなかったのだ。(つづく)