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概要

朱川湊人「主夫のトモロー」:家事や育児を通じて“主夫”トモローが直面する苦悩と出会いの毎日を描く、現代の「イクメン・婚活ブーム」に一石を投じる、痛快家族小説。

7しきものが始まった頃、すでに母親は家にいなかった。だから自分の中には、母親に関する回路が欠落していた。思慕の念はもちろん、恨む気持ちもない。会いたいという願望もなく、逆に忘れたいとも思わなかった。それに比べて、兄貴の中には、きっと母親への思いがある。物心つくまで一緒に過ごしていたわけだし、トモローが生まれるまでは、たった一人の子供として、両親にたっぷり愛情を注がれたに違いないからだ。だからこそ、どうしても母親が家を出てしまったことが許せなくて──理由はどうあれ、自分を捨てて行ってしまったことが恨めしくて、兄貴はすさんだ青春を送ることになったのだろう。母親を愛していたからこそ兄貴は荒れ、何の記憶もないからこそ自分がマジメな道を歩いてきた……というと皮肉にも聞こえるが、実際はそのとおりだ。その母親と久しぶりに再会し、その涙が乾かないうちに、遺産相続の権利を放棄しろと同じ口から聞かされた兄貴の気持ちは、想像に難くない。あまりの仕打ちに、いい歳をした兄貴が弟の前で泣いたくらいだ。その兄貴の気持ちを思うと、弟として黙っているわけにはいかなかった。自分には、あなたを母親と思う心がない。けれど兄貴にはある。兄貴は兄貴なりに、あなたのことを愛していた。きっと何か辛いことに直面した時に、あなたの面影を思い出すこともあっただろう。悲しい時には、あなたのことを思い出して元気を取り戻したこともあったかもしれない。