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日本霊性論
東日本大震災後、あらためて問い直された日本人の死生観や宗教性。現代の二賢人が、迷走する日本人の「こころ」と向き合い、人間社会の根源的な支えとしての「霊性」を論じる。教育、医療、司法、宗教の倫理的立て直しを説く内田氏(第一部)、日本的霊性のルーツに迫りつつ現代にふさわしい共生のあり方を探る釈氏(第二部)。ふたりの切実な問題意識に胸を打たれる力作。
「霊性」。この言葉にどんなイメージをもたれますか?
本書でいう「霊性」は、体系だった教義や教団が成立するよりもっと前の根源的な「目に見えない何かをおそれ敬うこころ」であり、社会のなかで生きていくための倫理的な知性であり、頭でっかちの陥穽にはまらぬための敏感な身体性です。
本書は東日本大震災の翌年、「今こそ霊性を賦活しなくてはならない」という内田樹さんの問題意識に沿って釈徹宗さんが企画されたふたつの連続講義がベースとなっています。ひとつを内田さんが、もうひとつの講義を釈さんが担当され、それぞれの講義録をほぼ全面的に改稿してくださいました。
かの地では多くの建物が崩れ落ちましたが、人びとは黙々とはたらいてがれきを片付け、堤防や家を建て直しました。日本じゅうが被災地の復興を見守るなか、内田さんは第一部で重大な警告を発します。今、全国の目に見えないところで、人間社会を支えてきた柱が崩れそうになっていると。西洋思想研究と合気道修行に明け暮れた数十年を経て、内田さんが身体の内側から確信した、世を立て直すに不可欠な「霊性」とはいかなるものでしょう。
旧約聖書からギリシャ神話、マルクス、レヴィナス、そしてスティーブ・ジョブズまでを引き、いったいどこへ連れて行かれるかわからない気分にさせながら自在に展開する内田的コンテキスト。しかし、それに身をゆだねるよろこびだけではすまないのが本書です。宗教について、寝ながら学べるような本ではありません。もし寝転んで読み始めても、そのうち起き上がって襟を正さずにはいられない。著者の筆はそれほど熱と切実さを帯びています。
第二部を執筆された釈さんは浄土真宗のお寺に生まれ育ち、ごく自然に仏道を歩んで来られました。古今東西の宗教を比較研究し、そのツボを明快に私たちに説いてくださる釈さんをして、論理では説明のできない確信を持たせる信仰とは何なのでしょう。
釈さんは、鈴木大拙の『日本的霊性』や山本七平の「日本教」等を引きながら、「日本人らしい霊性」を考えるヒントを提示します。さらに、認知考古学者スティーヴン・ミズンの仮説や現代スピリチュアルワークの様相など、人類と霊性の歴史的パースペクティブをも示しつつ、宗教者/非宗教者、日本/西洋の枠を超えて共鳴しあえる霊性の可能性を探ります。ここにもまた、読む者の当事者性を否応なく喚起する、つよくて静かな祈りの力が宿っています。
本書では、異なる道を歩んできたふたりの足どりが、あるとき思いがけないところで邂逅します。それは、長いこと山中の隘路をたどった先に、突然開ける景色のように鮮やかです。そのときあなたが目にしたものは、きっとこれから生きていくうえで、たびたび思い出され、指針となることでしょう。本書が、あなたなりの「霊性」を探り、培うきっかけとなれば幸いです。
(NHK出版 福田直子)