TOPICS SPECIAL 浜矩子 グローバル時代の経済政策を考える

写真 浜 矩子
last updated Jan.1,2013.

 12月26日に発足した安倍新政権。外交、原発と課題は山積みですが、最も期待されるのはその経済政策でしょう。
 デフレ脱却のために大胆な金融緩和と財政出動を敢行、物価上昇目標は2%、日銀法改正も辞さないなど、あくまで強気な安倍総理の「アベノミクス」に注目が集まる一方で、経済のグローバル化は留まるところを知りません。
 ヒト・モノ・カネが容易に国境を越える時代に、果たして一国の経済政策がどれほど奏効するのか。そして、グローバル時代に有効な政策があるとすれば、それはどのようなものなのか。
 これらの問いに、人気エコノミストの浜矩子氏が明快に答えるのが 『超入門・グローバル経済——「地球経済」解体新書』(2013年1月10日発売)です。本書の中から、これからの政策を読み解くためのヒントとなる部分を特別公開します。

なぜ「政策」が効きづらいのか

地球経済は一つです。人間たちの経済活動によって構成されている一つの生命体であり、生態系です。ところが、政策という外付け装置は、国民国家ごとに装着する仕様になっています。財政政策も金融政策も、通貨政策も為替政策も、そして通商政策も、すべて、国別に存在します。
 「市場」はグローバル化しています。経済活動の血液である「通貨」は、国境を越えて複雑怪奇に広がる「金融」の血脈を通じて、地球規模で駆け回っています。「通商」と交易の土台を形成する分業関係は、これまた国境を越えて地球規模の生産体系を形成しています。ヒト・モノ・カネの活動領域は地球規模で広がっているのです。
 だが、「政策」は国境を越えられない。政策は、あくまでも、個々の国々の経済を対象に働く装置として設計されているのです。
 この関係が、国々に対してかつてなく難しい状況を提示しています。多くの国々において、今、政治に対する不信感や欲求不満や怒りが大きいですよね。政治が市民たちの要請に充分応えられないのは、それなりにいつの世でもあることです。ですが、今、政治への期待と政治の対応力とのギャップには、従来と少し違うものがあるように思います。
 もとより、政治家たちの展望力や勇気のなさや、勉強不足やご都合主義や感性の鈍感さは、今に始まったことではありません。しかしながら、今の時代の政治と政策の不能さには、そのような政治家の質や特性、あるいは仕組みのまずさとは別の背景があるのだと思うところです。
 その別の背景、今までとの違いをもたらしているもの。それが、グローバル時代そのものなのだと考えられます。地球は一つ、されど国々は多数。そして国々がその国民のために用意している外付け救命装置は、当然ながらすべて国々ベースで設定されている。しかしながら、今や、ヒト・モノ・カネは、国民国家ベースの政策装置の対応力をはるかに超える次元で時空を天がけている

金融緩和は「カネ流出」を助長するだけ

このような状態に伴う難しさと厳しさを、つくづく実感させられているのが金融政策でしょう。
 カネは国境を越えて一番儲かる場所に集中する。金利が低いところから高いところに流れていく。したがって、いくら金融政策が金利を低くして、国内で個人や企業に銀行からカネを借りて使ってもらおうと思っても、その願いは実現しません。 日本がデフレ脱却の方策としてゼロ金利を目指し、量的緩和を続ければ、その政策行為は、結局のところ日本からカネを押し出す効果しか持ちえない
 その逆に、バブル経済化が懸念される国々がそれを回避すべく金利を高くすれば、その結果としての高金利を目指して、デフレでゼロ金利の日本や、アメリカからカネが押し寄せてきてしまう。
 バブル化が進むブラジル中央銀行の総裁は、この現象についてしばしば文句を言い続けてきました。デフレの先進諸国から、むやみやたらとカネがブラジルになだれ込んできて、たまったものではない。おかげで、我が国の金融政策は台なしだ。まったく効力を発揮できなくなってしまった。何とかしてくれ。
 実にまっとうな苦情です。しかし、ブラジルからは、苦情が聞こえてくるだけではありません。具体的な要求や提言も出てきています。その提言とは、状況いかんで、場合によっては国々に金融鎖国を認めるべきだということです。やたらにカネが国外から入ってき過ぎたり、カネがむやみに国外に流出し過ぎる時には、ひとまず資本の流出入を規制する。カネの出入りを遮断してしまうということです。緊急避難措置として、そのような対応を国々に許すべきだと言っているのです。
 これは、それなりに合理的な要求だと思います。悪くないアイディアです。ただ、このようなやり方がうまくいくためには、決め手が二つあります。
 第一に、資本規制の期間限定性が厳格に守られるということです。あくまでも緊急避難措置であり、期限が来れば確実に解除される。そうでなくてはなりません。
 第二に、この緊急避難措置が発動されることに対して、他のすべての国々がしっかり同意して、この措置の発動国に対する協力姿勢を徹底しなければなりません。実際問題として、バブルのブラジルに向かってカネを押し出している先進諸国も、カネの流出先がなくなればそのカネが国内で回るようになるわけですから、ありがたい限りです。信頼関係に基づく協調がどこまで実現されるか。ブラジル提案の成否は、そこにかかっています。

 

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