TOPICS 原田マハ 講演会「《貴婦人と一角獣》の謎に魅せられて」

NHK出版 Webマガジン

クリュニー美術館の館長にインタビュー

それを考えたときに、最初に疑問に思ったことがあって、取材でクリュニー美術館の館長に尋ねてみました。もちろん、「第六感とはどういう意味ですか」などと、誰もが聞くようなことを質問するつもりはなく、私は、「19世紀前半に、中世美術はどういう捉え方をされていたんですか」と尋ねたんです。そうしたら、館長の顔がパッと変わりました。「グッド・クエスチョンだ」って。作品そのものよりもその背景が非常に気になったので、まずそれを伺ったんですが、結果として、とてもいい答えが得られたんです。

フランスの19世紀前半とはどういう時代かといいますと、まずナポレオンの時代、王政復古、そして第二共和政と、政権が次々と変わる激動の時代でした。美術の世界では、例えばダヴィッドやアングルらの絵画を権力者がプロパガンダに利用した時代。今もルーヴル美術館に行くと、例えばダヴィッドの「ナポレオンの戴冠」なんていう巨大な作品がありますね。そんな中にあって、いかにも中世の美術などは無視されそうですが、実は、19世紀の初頭ぐらいから、ロマン主義の流れの中で、古いものに美を発見するのが一つのブームになったそうです。19世紀前半というのは、中世美術に回帰し始めていた時代だったんですね。ソムラールの父親も、そのロマン主義に感化されて中世美術を集め始めたそうなんです。

そのころに登場した、一人の女流作家がいました。ジョルジュ・サンドです。彼女もロマン主義の作家として時代を賑わせました。館長にインタビューをしたあとに、どうもこのジョルジュ・サンドとタピスリーの接点が面白そうだと思えてきました。19世紀、何人かの文学者が「貴婦人と一角獣」の存在に気づいて、それを文章に残していますが、ジョルジュ・サンドもその一人です。彼女がいつどのようにそのタピスリーを発見したかは、特定できていないようです。ただ、この『ユニコーン ジョルジュ・サンドの遺言』の巻末に、サンドが書いた二つの文章が載せられていますが、それらをお読みいただければ、彼女が本当に実物を見ていたことをおわかりいただけると思います。サンドは、私が日ごろから敬愛している女流作家の一人でした。波乱に満ちた人生を送ったこの女性を「貴婦人と一角獣」に絡ませて、そして主人公にしたらどうだろうかと、パリに取材に行っている間に思いついたんです。

恋多き女ジョルジュ・サンドと「貴婦人と一角獣」

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サンドは1804年にパリで誕生し、まさに19世紀初頭から後半にかけての時代を駆け抜けた人ですが、よく知られているように、非常に恋多き女性なんです。貴族の夫がいながら、多くの男性と恋をして、平然と若いイケメンを連れて社交界に現れて噂になったり。詩人のミュッセや、皆さんご存じのように、ショパンもそうですね。1836年に、サンドはショパンに出会っています。そして、1838年に二人の関係が始まります。

その後、1844年に『ジャンヌ』という小説を執筆します。ブサックが舞台で、ここに「貴婦人と一角獣」のタピスリーが登場しているんです。ですから、1844年までには間違いなくブサック城でタピスリーを見ているはずです。私の小説の中では、サンドが1837年にブサック城を訪れた設定にしています。なぜこの年にしたかといいますと、ショパンと出会って、まだ本格的におつきあいをする前なんですね。まだ自分の立ち位置がはっきり決まらない空白の時間。そういうところにフィクションを作ってみたんです。

ブサック城を電撃取材

ブサックは、フランスのヘソといいますか、ちょうど真ん中あたりです。館長にインタビューしたときに、「ブサック城は今でもありますよ」「頼めば中を見られますよ」と聞いたんです。それはもう、行かなきゃだめだろうと(笑)。で、思い立ったが吉日なので、ディレクターに頼んで車を手配してもらい、高速で片道4時間、ものすごい強行軍で、日帰りで行ってきました。実はこのブサック城って、現在は個人の所有なんです。中に入ることはできましたが、突然のことだったので、さすがにカメラは勘弁してくださいと言われました。番組でも、「突然だったため撮影は断られてしまいました」とナレーションがありましたが、それは本当のことなんです。

大きな石造りのお城で、中に入ったらまず石の階段を上っていきます。この階段は、小説の中で繰り返し出てくるんですが、まさに自分の目で見たものなので、どんなふうに階段を上っていくのか如実に伝わるように書きました。上っていくと居間があるんですが、その居間に「貴婦人と一角獣」が掛かっていたそうです。窓はありますが、結構暗い部屋です。当時は暖炉があって、シャンデリアは全部ろうそくだったはずで、夜はかなり暗かったんじゃないかと思います。

居間のすぐ隣の部屋に、ジョルジュ・サンドが泊まった部屋がありました。かわいらしい部屋で、私も「なるほど、ここで書いたわけか」と妄想しました。西向きの窓があって、外にブサックの田園風景が広がっています。すぐ下を川が流れていて、本当に風光明媚なところです。大変印象的なテラスだったので、このテラスのことも小説に登場させました。19世紀の初頭、貴族や社交界に身を置くようなブルジョアは、田園風景や田舎の遊びなどを、わざと都市生活の中にスノッブに取り入れたらしいんです。サンドも、田園風景や、田舎で暮らす純真無垢な少女、『ジャンヌ』もそうなんですけど、そういうものを作品で書いています。ですから、サンドもブサック城に来て、その風景にきっと感銘を受けたことだろうと思います。

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