サンドの部屋には、居間から続くドアとはまた別のドアがあって、そちらを出るとダイニングルームがあります。ここにもどうも掛かっていたらしいんです、「貴婦人と一角獣」が。おそらく3枚は居間で、3枚はこちらに掛かっていたんじゃないかと、私は想像しました。このダイニングルームに入った時に、フッと見えた光景がありました。降りてきた、という感覚で、「これだ!」と、かなり確かなものをつかみました。
この城では、かつてはポーリーヌという女性が城主として暮らしていました。彼女は没落貴族で、経済的に追い詰められていた。それで、1837年、「貴婦人と一角獣」込みでこのブサック城を売却したそうです。サンドがポーリーヌと知り合いだったとか、あるいはポーリーヌがまだ城主だったころにサンドがブサック城に行ったとか、そういう記録は残っていません。だけど、私はこのダイニングルームに入ったときに、ポーリーヌとサンドが向かい合っている姿が見えてしまったんです。「このタピスリーを、どうしてもあなたに買ってほしいんです」と、ポーリーヌが「貴婦人と一角獣」のタピスリーを指して言っている場面が。「私にそれを書けということですか、ポーリーヌ」と、私もその場にいて思いました。こうして見えた場面から展開して、今回の小説が仕上がったというわけです。
「貴婦人と一角獣」について調べていて、これは大変なことになったと感じています。ちょっとやそっとじゃ終わらんぞ、と。例えば、サンドとショパンの恋物語だったらもっと楽に書けたかもしれません。あるいは「貴婦人と一角獣」の象徴性について、研究者やコレクターが出てくるような話だったら、わりとすぐ書けると思うんですが、この「貴婦人と一角獣」は、あらゆる切り口が見つかる、非常に優れた素材なんです。ちょっとだけ言ってしまいますと、これから書く物語は、中世と19世紀という2本の軸を中心に展開していきます。とても重層的な話になりそうなのと、あと、私がこれから中世を一生懸命研究しないと書けないということで、お時間をいただくことになろうかと思います。
500年の時を経て、今、私たちの目の前にあるこの作品について、一瞬の小説で終わらせるわけにはいきません。「日曜美術館」の最後にも申し上げましたが、この「貴婦人と一角獣」を自分の小説の中に永遠に閉じ込めたいという、“我が唯一の望み”があります。この望みを果たすために、これから皆さんとともに、長い長い旅、ユニコーンを巡る時空を超えた旅をしていきたいと思いますので、どうか最後までよろしくおつきあいください。