人気・実力を兼ね備えた執筆陣が贈る連載・読み物や豪華インタビューなど、
NHK出版が刊行する書籍(新書・翻訳書・文芸書・教養書)をご紹介するサイトです。

連載

「空想居酒屋」 島田雅彦
第2回 「離れ」としての居酒屋

最終更新日 2019.05.15

 郊外の急行が停車しない駅周辺にはマックやドトール、立ち食いそばのチェーンはあっても、なかなか魅力的な居酒屋はなく、こちらもチェーン店に甘んじることになるが、探せば、ローカル色濃厚な居酒屋もある。ある時、自宅最寄りの駅の踏切を渡り、三叉路の交差点を渡った角にある居酒屋に気紛れに入ってみた。そこはコの字のカウンター一つの小さな居酒屋でメニューは乏しく、売りは魚の干物各種という店だった。一応、食べログのポイントを調べてみたが、3.08と可もなく不可もない評価だ。コマイを炙ったものと糠漬でビール一本飲んだら、引き揚げようと思いながら、窓の外を眺めていると、タクシーが一台店の前に横付けになり、一人の初老の男が降りてきて、そのまま店のカウンターに座った。その迷いのなさから、常連だろうと察せられた。


郊外の居酒屋(イメージ)

 その客は店の女将に目で挨拶をすると、すぐに熱燗と糠漬が出された。客は一言も発しないまま読書を始めた。初客は私の斜め横に座っており、その横顔が否応なく私の視界に入ってくる。初対面なのにその顔に見覚えがあった。おそらくテレビか、映画で見ているに違いない。しばらくして、その顔をテレビドラマで見たことを思い出し、ドラマのタイトルから出演俳優の一覧を検索し、名前を割り出した。「お寛ぎのところ失礼しますが、〇〇さんですね。ドラマ拝見しました」と声を掛けると、「ありがとうございます」と紳士的な反応が返ってきて、しばし雑談をした。こちらが睨んだ通り、その人はこの店の常連で「週に四回ほど通っています」という。ロケなどで遠出していることもあるだろうし、飲めない日もあるだろうに、週に四回とはほぼ毎日通っているようなものである。「お宅は近所ですか?」と訊ねると、十分くらいのところだという。すでに午後十時近い時間になっていて、帰宅途中だったのだろうが、タクシーを途中下車してまで立ち寄っている。よほど自宅に帰りたくないか、居酒屋を自宅の茶の間にしているかだろう。
 私はその居酒屋に入るのは初めてで、その魅力を何一つ知らないので、女将の耳を盗み、単刀直入に「この店の最大の魅力は何ですか?」と聞いてみた。少し考えてから、その人は答えた。
――何の変哲もないところですかね。
 この人もかなりグレているなと思いながら、一時間ほどその店の魅力を自分なりに探ってみた。近くに劇団の稽古場があり、まだ孵化していない女優が日替わりでアルバイトに入ると聞いた。ああ、干物で呑めるガールズ・バーだからだ、と考えてみたが、その夜はカウンターの中に女優がいないにもかかわらず、ほぼ満員だった。微妙に人が寄り道したくなるロケーションなのか、とも考えてみた。三叉路の角で、確かに人も車も多い。だが、店先にオーラが漂っているわけでもなく、絶品のつまみがあるわけでもない。文字通り、何の変哲もないからこそ落ち着くし、しみじみと一人酒することができるのだろう。
 行きつけの居酒屋がある。それ自体が一つの財産であり、また既得権益である。週に四回その居酒屋に足を運ぶ人は一回平均三千円の勘定を払っていくとして、週に一万二千円、月に五万数千円を落としてゆくことになる。カウンターの一席を月極めで借り、酒と肴を出してもらっているような感覚だろうか? この出費には自分の安否や健康状態を第三者に確認してもらうこと、ぼやきの聞き手になってもらうことが含まれる。独居老人になれば、行きつけの居酒屋を持つこと自体が孤独死の保険にもなる。
 火曜日、大学の講義は早く終わるので、居酒屋に直行すれば、三時半から飲み始めることができる。大学そばの神楽坂や市ヶ谷にも昼呑みができる店はあるが、行きつけは幡ヶ谷にある。この店は午後一時から緩やかに営業を始めるが、日の高いうちは老人と主婦の憩いの場になっている。勤労者諸氏の来店は五時過ぎで、相撲なら中入り後に自ずと客の入れ替えが生じる。私は結びの一番を見た後に店を去るが、それまでに梅干しサワー二杯と日本酒二合を飲んでいる。昼呑みは酒の回りは早いので、コスパはいい。
 その店は産地直送の刺身が売りで、ブリやカンパチは九州で食べるのと同じコリコリ感が残っている。定番メニューには北寄貝入りのポテトサラダ、チーズハムカツ、厚焼き卵、柔らかいエイヒレなどがあるが、時々、常連のわがままを聞き入れ、タコぶつをカルパッチョ風に、マグロの頬肉をねぎま鍋にアレンジしてくれたりするので、飽きることがない。私は昨年、最も足繁く通う客一位の座を狙って、カレンダーの片隅に「正」の字でカウントしてもらったところ、四十回にも達したが、上には上がいて、四十七回来店した人に一位の座は譲った。
 常連には正調べらんめえの江戸弁を話す八十五歳の親方がいたが、キッチンにその写真が貼ってあるのを見て、ひっそり亡くなっていたことを知った。亡くなる三日前にも飲んでいったというから、酒呑みとして理想的な死に方だと思った。その冥福を祈るのも同じ居酒屋である。写真に向かい、「あの世でも肝臓なんて気にせずに飲んだくれて下さい」と献杯をする。
 この居酒屋は散歩の途中でたまたま見つけた。まだ開店三ヶ月の新しい店だったが、繁盛していて、店先にカニの甲羅が干してあるのが気になっていた。最初の訪問時からリピーターになる予感はあった。ドリンカーに友好的な値段設定は下町のセンベロに匹敵する。ポーションは小さいが、丁寧に作られたメニュー、升に入れたグラスに注がれる酒は綺麗に表面張力で升からはみ出す気前の良さに惹かれた。接客も押し付けがましくなく、無愛想でもなく、時々、声がやたらに大きい若者や女性客がいるのが耳障りではあるが、客層も悪くない。店主とコトバを交わすようになると、カウンターの居心地がさらによくなり、やがて「いつもの」といえば、梅干し酎ハイが、「デザート」といえば、エイヒレが出てくるようになった。この店が「マイ居酒屋」になると、人を呼びたくなる。最初は担当編集者や大学の教え子を呼び、飲んでいたが、ある年の自分の誕生日には午後八時から店を借り切って、パーティをし、滅多にないことだが、文学賞を受賞した折にはその二次会をこの店で行った。こうして、行きつけの居酒屋は自分の「離れ」のようになってゆく。あまり人に教えたくないのだが、幡ヶ谷の「浜屋」という店である。


行きつけの「浜屋」


 九段南にある中華料理店も「マイ食堂」の一つである。法政大学に赴任してから、近隣の店の開拓を始めた頃、通りがかりに入ったのだが、枝豆と高菜の和え物、東坡肉や上海焼きそばをツマミにダラダラ紹興酒を飲むことにハマった。一週間の講義が終わると、放心のひと時が必要になるが、その場にもうってつけだった。半地下の狭い店だったが、いつの間にか四階建てのビルになっていた。上海出身の家族が経営するこの店を一度、雑誌に紹介したら、やけに感謝されて、サービスの一皿を追加してくれたりするようになった。
 たまに学生や院生と飲みに行くこともあるのだが、彼らに店の選択を任せると、「飲みサー」の宴会じゃあるまいし、チェーン居酒屋の飲み放題コースを申し込んだりするので、自分で指定することにした。食欲旺盛な若者は居酒屋よりも中華料理店の方がいいに決まっている。基本、大皿料理を取り分ける中華のスタイルならば、十人で五種類二皿ずつの注文で十分にお腹は満たされる。空きっ腹に酒を流し込んで悪酔いすることも避けられるし、栄養価も極めて高いし、チェーン居酒屋よりはるかにコスパが高い。酢豚とエビチリしか知らない連中に中華料理の多様性を啓蒙することだってできる。大学院生の大半は中国各地からの留学生なのだが、彼女たちをこの店に連れてくると、店のママさんと北京語で会話を始める。ここは一応上海料理の店ということになっているのだが、メニューには四川料理の麻婆豆腐や水煮魚、水煮牛肉も揃っている。教え子の中には四川省出身者もいて、彼女にはここの味付けはパンチが足りないようで、極辛のリクエストが出たりする。料理に多少のアレンジを加えてもらったり、メニューにない料理を出してもらえるようになったら、「常連」より格上の「朋友」になったと思いたい。近頃は大学で行われる学会のパーティのケータリングもお願いしていて、ほとんど給食チームを抱えている気分である。その店は「上海庭」という。


 東京にはもつ焼の名店も多い。膨大な人口を抱える大都市で一日に消費される豚や牛の数は一体どれくらいになるのだろう?  焼肉、ステーキ、豚カツ、ラーメンのスープやチャーシュー、カレーなどに消費される肉の量に比例して、相当量の内臓が市場に出回るだろう。それを消費するために一定数のもつ焼店が必要とされるわけである。
 内臓ほど鮮度が問われる食材はない。芝浦の市場から、食肉とは別ルートで内臓が流通するが、まだ体温が残っているうちに洗浄し、下処理をし、厳重な鮮度管理がなされたものは臭みも、雑味もなく、レアで食することもできる。そのことを学んだのは東十条の焼きとんの名店である。この店の噂は以前から知っていたが、初めて、そのカウンターに座った時の緊張はよく覚えている。もつ焼の店とは思えないくらい清潔に保たれた店内にまず驚く。自動ドアを通ると、真正面に備長炭をくべたコンロがあり、換気扇が回るステンレス・ボックスは磨き上げられている。コの字カウンターに客が居並び、中の大将をやや上目遣いに見る様子は高級寿司店の雰囲気に似ていなくもない。
 初めての客には感想を聞く。「うまいです」と安易に答えると、「当たり前だよ」とぶっきらぼうな反応が返ってくる。私は少し気取った口調で「歯茎に絡みついてくる脂が甘い」というと、無視された。最初はあまり感じがよくないなと思ったが、次々供されるもつ焼は絶品で、今まで食べてきたものとの歴然とした差にショックを受けた。レバーは表面を軽く炙っただけのレアで出されるが、血の味は一切せず、ほのかな甘みが口腔に広がる。牛串はA4クラスの肉をやはりレアで出すが、これも口の中でとろけてしまう。シロやタン、ハツといった焼きとんの定番も淡白で、ゴムのような歯応えとは程遠く、半分の咀嚼回数で飲み込める柔らかさなのだ。さらに豚の脾臓チレはエスカルゴバターをトッピングするという技を見せる。箸休めのクレソンと大根のサラダや「ポルコ」と呼ばれる豚の耳ときゅうりを和えたものももつ焼の合間に食べると、味覚がリセットされ、ちょうど、寿司のガリみたいな役割を果たしている。また、「ポルコ」の皿の底に溜まったオリーブオイルをもつ焼に絡めると、肉の旨味が際立つ。
 あまりのレベルの高さに感嘆し、小説の中で主人公にここのもつ焼を食べさせ、その本をプレゼントしたら、大将がいたく喜んでくれて、それ以来、大歓迎されるようになった。この店はVIPの接待にも使えるといっても過言ではない。近頃は世界の食通の注目を集めており、ブログやSNSを通じて、この店の存在を知ったアメリカやヨーロッパ、ロシアなどからの客が目を丸くしながらもつ焼を頬張る光景が見られるようになった。時々、私も通訳をさせられる。この店の名前は知る人ぞ知る「埼玉屋」。ここもファミリー経営の店だが、いつ行っても大将、女将、息子さんの中将、若女将に暖かく迎えられるので、私の中では葛飾柴又の団子屋の茶の間のような場所となっている。


開店前の「埼玉屋」に並ぶ人たち

プロフィール

島田雅彦(しまだ・まさひこ)

1961年、東京都生まれ。作家・法政大学教授。東京外国語大学ロシア語学科卒業。在学中の83年に『優しいサヨクのための嬉遊曲』で注目される。『夢遊王国のための音楽』で野間文芸新人賞、『彼岸先生』で泉鏡花文学賞、『退廃姉妹』で伊藤整文学賞、『カオスの娘』で芸術選奨文部科学大臣賞、『虚人の星』で毎日出版文化賞を受賞。ほかの著書に『天国が降ってくる』『僕は模造人間』『彗星の住人』『悪貨』『ニッチを探して』『オペラ・シンドローム』など多数。2010年下半期より芥川賞選考委員を務める。