人気・実力を兼ね備えた執筆陣が贈る連載・読み物や豪華インタビューなど、
NHK出版が刊行する書籍(新書・翻訳書・文芸書・教養書)をご紹介するサイトです。

連載

思考入門
“よく考える” ための教室
戸田山和久(文と絵)

第3回 論理的思考には勇気がいるんだ

最終更新日 2019.09.02

「論理」という漢字の成り立ちを調べると……

 前回の結論はこうだった。「なぜなら」とか「だから」という言葉であらわされる根拠・帰結関係でいくつかの考えをつなげたものを「論理的思考」という。そして、「論理的に考える」とは、考えと考えを根拠・帰結関係でつないで考えていくことだ。そうすると、考えや、その考えをあらわす文をただ一つだけ取り出して、「これって論理的ですかね」と問うても意味がないということになるね。「広島といえばカキですね」は論理的な文でしょうか、ってナンセンスだ。論理はいくつかの文と文との関係について言われる。
 「論理」という漢字の成り立ちを振り返ってみると、このことがよくわかる。まずは「論」の方から。「言」つまりごんべんがついているから、言葉に関係していることがわかる。つくりの「侖」はどういう意味だろう。他にこのつくりをもった字は、と探すと、「輪」「倫」「淪」などがある。「淪」って「さざなみ」のこと。「侖」の「冊」みたいな部分を見てみよう。4本の縦棒は、竹や木の細長い板をあらわす。横棒はそれを紐〈ひも〉で結びつけているようすをあらわしている。紙が発明される前は、こういう竹簡〈ちくかん〉・木簡〈もっかん〉と呼ばれるものに字を書いていたんだ。「侖」では、この竹簡・木簡をあらわす部分の上に、さらに横棒があって、その上に「へ」みたいな部分がある。これはどちらも「集まってますよ」ということを強調するためにある。つまり、同じような形をしたもの(同じ種類のもの)が多数集まっているようすをあらわすのが「侖」だ。
 自転車の車輪を思い浮かべてごらん。まんなかの軸に向かってたくさんの車軸(スポーク)が集まっている。そこに、にんべんがついた「倫」は、人がたくさん集まってつくられる「世の中」のことだ。さんずいがついた「淪」つまりさざなみは、小さな波がたくさんきれいに並んでいる。というわけで、「論」は言葉がたくさん集まったもの。あるいは文が並んでつくっている集まりをあらわしている。
 それじゃ、「理」の方はどうか。「王」はおうへんと言う。王様に関係するのかと思いきや、これは「玉」なのだ。「玉」といえば宝石や貴重できれいな岩石のこと。瑠璃〈るり〉はサファイア。玻璃〈はり〉はガラス(昔は貴重品)。琥珀〈こはく〉、珊瑚〈さんご〉、瑪瑙〈めのう〉。みんなおうへんがついている。「環」とか「球」は、こういう石で作った装身具の形をあらわす。おもしろいのは「班」だ。刀をあらわす「リ」が宝石の間にめりめりと入り込んでいる。鋭利な刃物で貴石を二つに割っているところだ。だから「分ける」という意味になって、グループ分け、つまり班活動の「班」になった。
 そういえば、「珈琲〈コーヒー〉」なんていう当て字もあるね。コーヒー豆がいかに高級品だったかがわかる。
 では「理」はどういう意味か。これも宝石に関係あるのか。宝石や岩石の名前でこの字を含んでいるものはあるかな。「大理石」が浮かんでくるだろう。「理」は宝石や岩石のもつ「すじ状の模様」をあらわしている。大理石はきれいなすじめ(マーブル模様)が特徴の石でしょ。
 だとすると、「論理」は、「言葉の集まり(論)がもつすじめ(理)」つまり「文の集まりがもつすじみち」という意味になる。ほら、やっぱり文の集まりが考えられていて、その文と文をつなぐものが論理ということになるでしょ。


これが「論」の字の成り立ちだ!


「理」の字については、大理石の写真を見てチョーダイ


ポイントは「サポート関係」

 「論理」は考えと考え、あるいはその考えをあらわす文と文との関係のあり方だ、ということを確認して、次に進もう。いくつか言葉を整理しておいた方がよさそうだからだ。前回と同じ例を使う。

 ぼくはカキが好きじゃない→なぜなら→カキは見た目が気持ち悪いから
 カキは見た目が気持ち悪い→だから→ぼくはカキが好きじゃない

 これは論理的つながりのいちばん単純でわかりやすい例だ。ふつう「ぼくはカキが好きじゃない」は判断とか主張、「カキは見た目が気持ち悪い」は、判断・主張の根拠とか理由と呼ばれる。また、「なぜなら」の代わりに「というのも」、「だから」の代わりに「ゆえに」とか「したがって」なども使われる。同じことを言うのに何通りもやりかたはあるからね。

 1)判断・主張→なぜなら・というのも→理由・根拠
 2)理由・根拠→だから・ゆえに・したがって→判断・主張

 さらに、2)のような順序で並んでいるとき、理由・根拠は判断・主張のまえに置かれるので、「前提」と呼ばれることもある。そのとき、うしろにくるのは「帰結」とか「結論」と呼ばれる。前提が正しいとしたらどういうことが言えるか、ということだ。

 3)前提→だから・ゆえに・したがって→帰結・結論

 ややこしいなあ。でも、論理的思考とか論理的文章についての話って、いろんな人がいろんな言葉を好き勝手に使うので、読み手は混乱しちゃう。だから、ここで整理しておくといいかな、と思ったわけ。大事なことは、1)2)3)は、同じことを違った観点から見て、違った言葉を当てはめたものにすぎない、ということを理解しておくことだ。
 だとすると、1)2)3)が共通にあらわしている関係そのものを一言であらわす言葉をつくっておくとよいかも。そこで、「サポート関係」という言い方をつかうことにしよう。理由・根拠・前提が判断・主張・帰結・結論を「サポート」する、という具合に使う。
 さっきの例の「ぼく」は、じぶんはカキが好きじゃないってことを言いたい。しかし、たんにカキが苦手だと言ったのでは説得力がない。じっさい、「あ、そう。じゃ違うものを注文しよう」と言ってもらえるとは限らない。その前に「え、なんで?」と聞かれる。理由を聞かれるわけだ。言いかえれば、ただ主張するだけじゃなくて、それをサポートしろよ、って要求される。で、この要求に応えるべく「ぼく」が考えたサポートが、見た目がキモいということだったわけ。サポートを与えることで、主張(カキは嫌い)の説得力がちょっとアップする。理由が主張を応援しているみたいな感じ。なので「サポート関係」と呼ぶ。
 サポート関係とは、理由・根拠が判断・主張の説得力を高め、前提が帰結・結論の正しさあるいは確からしさを高める、そういう関係だ。そして、「論理的に考える・書く・話す」とは、つねに自分の思考・主張にサポートを与えることに気を配りながら、思考や文をつなげていくことなのである。

ワンタンメン推論とルヴェリエ推論

 どういうことをすると、判断・主張・帰結・結論をサポートしたことになるのだろう。じつは、これはいろいろなのね。数学ではふつう「証明」という独特のサポートを与えないといけない。
 キミが、3つの連続した数の積はかならず6の倍数になるんじゃないかと気づいたとする。キミはそれを主張する。あるいはそう判断する。そのときに、2×3×4=24、これは6で割り切れる。3×4×5=60も6で割り切れる。4×5×6=120も。5×6×7=210も。8×9×10=720も。「だから」3つの連続した数の積はかならず6の倍数になる。とやったのではサポートしたことにならない。数は無限にたくさんあるので、キミがまだ試したことのない、あるいは一生かかっても計算しきれないようなデカイ数で、キミの主張が成り立たないものがあるかもしれないからだ。
 こういうときは、どんな数についても成り立つような「証明」をしなければならない。こんな感じ。
3つの連続した数のうちには少なくとも一つ偶数があるから、それらを掛けあわせたものは2で割り切れる。また、3つの連続した数のうち一つは3の倍数だから、それらを掛けあわせたものは3で割り切れる。「したがって」3つの連続したどんな数の積もかならず6の倍数である。

 キミたちの人生で、数学の問題を解くとき以外に、自分の主張にこんなに厳しいサポートを求められることはめったにないだろう。実例をたくさんあげれば、主張をサポートしたことにしてもらえることも多いはずだ。例えば、「この店はワンタンメンが定番みたいだよ」「なんで?」「さっきから入ってきたお客がみんなワンタンメンを注文しているもん」。キミはこの店の客の注文をぜんぶ(創業以来ツブれるまでのすべて)調べたわけじゃないけど、日常生活でキミの主張をサポートするには、これでも十分だろう。じっさい、自然現象や社会現象についての学問的主張の大部分はこんな風にサポートされている。もちろん、実際に調べた実例(サンプル)から、全体の傾向を推測したり、全体の傾向についての主張をちゃんとサポートしたりするためには、統計学というのを学んでもらう必要がある。
 こういうサポートのやり方を「帰納〈きのう〉」と言うけど、別にこの言葉を覚えてもらう必要はない。大事なのは、サポートにはいろんなやり方がある、そしてそれは時と場合によって異なる、ということだ。



 他にも、こんなやり方もある。現実の科学の歴史から例をとってみよう。1781年に天王星が発見されて、太陽系の惑星は、水星、金星、地球、火星、木星、土星と天王星〈てんのうせい〉の計7つということになった。この直後に、ウルバン・ルヴェリエというフランスの天文学者が、天王星の外側にもう一つ惑星がある、と主張した。キミだって「なんで?」「どうしてそう言えるわけ?」とききたくなるだろう。ルヴェリエがその主張に与えたサポートは次のようなものだった。
 じっさいに観測された天王星の軌道は、ニュートン力学をつかって理論的に計算した天王星の軌道と微妙にずれている。これは、天王星の外側にもう一つ未発見の惑星があって、その引力の影響を受けて天王星の軌道がずれているのだと考えるとうまく説明がつく。「だから」天王星の外側にもう一つ惑星があるにちがいない。
 これがサポートになっていることはわかるかな。「天王星の外にもう一つ惑星がある」という主張が、それだけでなされたときよりも、そう考えたほうがよい理由、そう考えたくなる理由がいっしょに示されると、この主張の確からしさ・説得力が少しアップしている。こういうサポートを「アブダクション」とか「最良の説明への推論」って言うんだけど、いまはこの名前も覚えなくていいや。


  • 1
  • 2