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あたたかいもの

 私が長ネギを苦手なことをちゃんとおぼえていて、長ネギぬきで作ってくれて、冬のいろいろな根菜が入った甘いその味は、まさに体にしみてくるようだった。
 私は極端な健康志向ではないけれど、元気で大丈夫なときはいかに「えいっ」という感じの勢いで、たくさんの油や砂糖や塩分を摂取してしまっているかよくわかった。体にたくさんの負担をかけても気分でなんとか食べちゃっているんだなあ、と思った。そのくらいそのけんちん汁はおいしかったのだ。
 元気になったら、またおかしなものも勢いで食べられるようになったけれど、あの味を一生忘れないと思う。人が作ったものには人の力が入っている。材料の味に乗って、その人の生き方が届いてくる。

 悲しいことがたくさんあったせいで、冬の澄んだ空気が嫌いではないのにもかかわらず、この冬の寒さは弱った私には邪悪なものにさえ思えた。寒いからいつまでも体調が戻らず熱を下げるための汗もかけないような、氷みたいな寒さだった。
 悲しい悲しい冬だった。春が来た頃には、もうなにもかもが終わっていた。私は回復していたし、姉も退院してきたが、父はもういなくなっていた。なんていうことだろう、と私は思った。
 でもその中で星みたいに輝いていたあのけんちん汁のことを思い出すと、ありがたくて泣けてくる。そのけんちん汁のまわりには、あのタイ料理屋さんのおかゆだとか、夫が買ってきたかんきつ類だとか、友達が送ってくれた花やおかしやいちごや冷えピタ、知人からの文旦、毎日お祈りしてくれた人たちの温かい心…などがちりばめられている。私の命をつなぎ、父を天国に送り出してくれた星たちの輝き。
 よく知りもしない私から急に頼まれて、急いでしかも優しい気持ちですぐに野菜を刻んで作って、宅急便で送ってくれたよそのお母さんの気持ちを思うと、胸がいっぱいになる。
 どんなつらいときでも、引っ込まないで思い切って心をひらいてお願いしてみたら、こんなに温かくきらめく思い出ができた。
 そのことをこれからも忘れないようにしようと思う。


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