STORY
夢を、見ないか
製菓会社に寄せられた一本のクレーム電話。広報部員・岸はその事後対応をすればよい……はずだった。訪ねてきた男の存在によって、その平穏な日常は思わぬ方向へと一気に加速していく──。
不可思議な感覚、人々の集まる広場、巨獣、投げる矢、動かない鳥。
打ち勝つべき現実とは、いったい何か。
巧みな仕掛けが張り巡らされた、ノンストップ活劇エンターテインメント!
©川口澄子(水登舎)
製菓会社に寄せられた一本のクレーム電話。広報部員・岸はその事後対応をすればよい……はずだった。訪ねてきた男の存在によって、その平穏な日常は思わぬ方向へと一気に加速していく──。
不可思議な感覚、人々の集まる広場、巨獣、投げる矢、動かない鳥。
打ち勝つべき現実とは、いったい何か。
巧みな仕掛けが張り巡らされた、ノンストップ活劇エンターテインメント!
── 今回、絵を使った表現が新たな仕掛けとして使われていますが、伊坂さんにとって初めての試みですよね?
10年以上前からやってみたかった試みなんですよね。本のあとがきでも書きましたが、動きのある場面を今まで小説で表現してきて、これをコミック的なもので表現するとどうなるのか、小説とコミックがつながっていくような、そういう読書体験を自分自身、味わってみたいと思っていました。
例えば、アクションシーンを小説で書いてもその面白さを文章で伝えるのはそう簡単ではありません。カーチェイスなんてその最たるもので、映像のカーチェイスをそのまま小説として書き起こしても、映像で受け取る情報ほどの面白さには正直かなわないんですよね。だから、小説で書くなら比喩的な表現や異なるアプローチからの工夫が必要だと思っているんですが、一度くらい、アクションを表現するのが得意な「絵」の力を借りて表現してみたい気持ちがありまして。
── すごくオリジナリティあふれる仕掛けになりましたね。
今回のコミック部分はセリフがないのですが、それが独特の世界観を醸し出してくれていて、おかげで現実世界の話を書きながら、作品全体にファンタジーっぽい雰囲気も表れました。
イラストを描いてくださった川口澄子さんの絵を初めて見たとき、日本的な漫画とも違う、シンプルでニュートラルな印象で、「これだ!」と思いました。川口さんはセリフがなくても絵だけで表現できる方で、おかげでイメージ以上の表現方法になりましたね。
── 小説と絵で棲み分けは意識されていましたか?
絵と小説が互いにどう絡み合うのか、そのさじ加減が難しくて、試行錯誤を重ねました。基本的には、どういう絵を描いてほしいのかを、僕と編集者で考えて、川口さんに依頼するという形でした。絵の部分だけ読んでも意味はわからないけれど、そこが小説とどうからんでくるのかを楽しんでいただければ、と工夫したつもりです。
そう言えば、今作は、小説で描いているパートはいたって普通の現実なんです。殺し屋もギャングも死神も出てきませんし、今までの作品を思い返してみても、突飛なものが出てこない作品って意外に少ないんですが、今回は、かなり現実的な要素で完結するエンターテインメントになったんですよね。その分、絵のパートがファンタジー的な要素を担ってくれているので、それによって作品全体のバランスがとれたかな、と。
あと、中盤で、ある危機をどう乗り切るか、と考えていた時、いつもとは違って、「絵で説明するからこそ面白い」ものを意識したんですよね。普段だったら、リアリティからするとどうなんだろう、と悩んで、もう少し現実的な展開を考えるんですが、「せっかく絵を使うんだから目で楽しめるものがいいな」「単純に絵を入れただけというのでは面白くないな」と思って、絵だからこそ表現できるものを入れたかったんです。あの顛末はだからこそなんです。もし小説で書いていたら、もっと別の、「見た目の面白さ」ではなく「展開のアイディア」を重視したと思います。
── 現実と夢(異世界)が交錯するのはファン心をくすぐる仕掛けですね。
もともとリアリティと非現実的なものが入り混じった世界が好きですし、夢と現実が交錯するような話が好きなんです。リアルとファンタジーの間のような世界ですね。
始めは交互に寝て起きて、寝て起きてという展開を考えてたけど、パターン化しちゃうと、予定調和になって先を読まれちゃいますよね。だから、このような構成にしたことで、「これどうなるの?」と読者に期待してもらえるようになったのではないでしょうか。
── 会社員が主人公という設定は、伊坂作品では少ないですね。
最初にこの小説を考えたとき、異物混入と謝罪会見を書いてみたいなって思ったんですよ。そこから展開を考えていったら、思いのほか現実的な事件になりまして。現実の中でのエンターテインメントを書くには苦労も工夫もありました。『SOSの猿』は株の話でシステムエンジニアだったから書けたけど……会社員のドラマでどうやったら盛り上がるんだろう、と悩んじゃって、池井戸潤さんの企業小説と、広報部門の人向けのマニュアル本を事前に読んだりして(笑)。
製菓会社、記者会見、動物、火事……といった僕らしくないリアルな要素だけで物語を組み立てて、それを僕らしく書いたという点が、ある意味で今までの作品との相違点とも言えるのかもしれません。
僕は変化球が好きで、スローカーブとか、落ちる球とか、消える魔球とか。でも今回は、まっすぐな球を僕らしく投げた。川口さんのイラストがあったから書ききれたということもあるかも。
── その工夫によって、漂う雰囲気に伊坂さんらしさがとても出ていますね。
書いている間は、いつもに比べて非現実的な部分が少ないかな、と思っていたんですけど、書きあがってみると、メインの事件自体は、非現実的な部分が少ないどころかほとんどないな、と気づいて。突飛な部分がなくても成立させられたんですね。全体の流れは現実的なんだけど、細部には何となくおとぎ話感が出ている感じになったのかなあ、と思っています。
── 企業内での人間関係がとてもリアルですね。
どうなんでしょう(笑)。現場の人が困っているのに、上の人だけは呑みにわっしょいわっしょいと帰るという図ってありそうじゃないですか。それが嫌だな、と思っていたのでそういうのを書きたくなったのかもしれません。一方で、何か大変な案件を抱えているのか、会議室からいかにも難しい顔をして出てくる人とかいますよね。そういう対比が個人的に気になって、そういうのをそのまま書いただけなんですよね。
あと、正直なところ、テレビ番組の影響でお菓子の売り上げがあんなに変わるわけがないよな、とか、さすがに番組で流れないんじゃないかな、とか自分でも思う部分はあるんですよね。ですので、ああいったところは、フィクション用のデフォルメという感じです。
会社が何か不祥事を起こして記者会見を開いたときのマスコミの反応だったり、それに対する世の中の風潮だったり、直接の暴力ではなく目に見えない悪意って怖いですよね。だからそれも書きたかった。まあ、せっかくフィクションなので、頑張っている人が報われてほしい、という気持ちもあったんですが。
ちなみに、記者会見後にお客様からの電話の嵐がやってくる場面の比喩の飛行機部分とか、実はもっと凝っていたんです(笑)。かなり削っちゃいましたが、あのような場面を書くのが好きなんですよね。
── お気に入りのキャラクターはいますか?
ハシビロコウがかわいいですよね! 川口さんが書いてくれた絵が。人間じゃないですけどね(笑)。このハシビロコウはすごく好きです。
最初に川口さんのイラストラフを見たときはモチベーションが上がって、しばらく持ち歩いていたくらいです。絵の線が細かく描かれているんです。こんなにいっぱい描いてもらっちゃって、川口さんきっと大変だったですよね……。現実の話でありながらファンタジーっぽさが表れたのは、やっぱり川口さんの絵のおかげですね。
── ちなみに、なぜハシビロコウを登場させたんですか?
この小説のキャラクターを考えているときにテレビで見かけたのかなあ。よく覚えていないんですけど。動かないところがいいかなって。クチバシの形や大きさとか、身体の色とか、見れば見るほど気になるところばかりですよね。
でも調べているうちに、意外と動くなぁと思って(笑)。そのあたりも面白くて、小説に出そうと思いました。
── キャラクターの名前にこだわりなどありますか?
名前をつけるときには、見分けやすいというか、読者が覚えやすいことは意識しているんですよね。今回だったら、主要な登場人物が3人なので、それぞれ1、2、3文字にしようと思って。岸君は、僕が応援している楽天イーグルスの岸孝之投手にちなんでいます。でも、もともと岸さんは西武のピッチャーだったから、それを使うのは西武ファンに怒られちゃうかな、と気になりつつ(笑)、一文字だから使いたいなあ、と。3文字の池野内議員は、岸がさっぱりしている分、逆に字画を多くしたかった。でもきっと選挙で闘うには不利ですよね(笑)。小沢ヒジリは、はじめは、小沢ハルクって書いていたんですけど、やっぱり楽天イーグルスの、外野手だった聖澤諒選手が引退しちゃって寂しかったので、急遽、一括変換で「ハルク」を「ヒジリ」に変更して(笑)。あ、ちなみに「欧州フジワラ」は会心の命名ですね。もっと活躍してほしかったんですけど(笑)。
── 最後に読者に一言お願いします。
今回、絵を使った新しい仕掛けが盛り込まれていますが、小説と別物と思わず、一つの作品として楽しんでもらえたらうれしいです。物語としては、正統派のエンターテインメント。トリッキーなギミックも出てこないですし。あ、絵が入っていること自体がギミックか(笑)。
読後感が心地いい、現実的な事件を描いた直球のエンターテインメントになりましたので、ぜひ楽しんでいただければ。
伊坂さんの作品づくりに関することからプライベートまで、ファンだからこそ聞きたかった疑問の数々に一問一答形式で伊坂さんが答えます。
人気声優と伊坂さんがコラボ!作品に登場する謎のキャラクター、ハシビロコウのリアルな姿をお楽しみください。
声優、ナレーター、ラジオパーソナリティとして数多くの作品や番組に出演するほか、自身の企画でTV番組や音楽、舞台の制作も手がけるなどマルチに活躍中。2012年度、2017年度の声優アワードで助演男優賞を、2018年度の同賞でパーソナリティ賞を受賞している。
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