なぜコリン・ジョイスが歴史の本を? まず、その疑問にお答えするために著者の第一作『「ニッポン社会」入門』の自己紹介のくだりを引用してみます。
――1970年、ロンドン東部のロムフォードに生まれる。……オックスフォード大学で古代史ならびに近代史を学ぶ。短気なうえにロンドン東部の訛りが強いため、教授陣から知性を疑われたが、卒業試験で優秀な成績を修め、教授たちを驚愕させる。
著者の「歴史」に寄せる思いが並々ならぬものであることは本書の冒頭でも述べられています。そうなったのは、ある出来事がきっかけであったことも。
本書は通史ではありません。40のショートストーリーで構成されています。著者の気に入っているエピソードやトピックのなかでもとくに面白くて、イギリスの「現在」を理解するのに役立ちそうなものを選り抜いた本です。
この本からは、イギリスのいろいろなことがわかります。たとえば「1066」という数字がなぜ重要なのか。フォークランド紛争では、どうしてあんなに盛り上がってしまったのか。ロンドン同時爆破テロのあと、なぜあれほど冷静な行動がとれたのか。
もっとも印象に残ったのは、本書の帯にも載せた「Keep Calm and Carry On」(落ち着いて行動しましょう)という言葉(コピー)です。これは今イギリスで大流行しているようですが、コピーに少し変化をつけて使うのがみそです。たとえば「Keep Calm and Party On」といった具合に。
編集作業も佳境に入りつつあった4月21日のイングランド・プレミアリーグでの出来事です。シーズンも終盤を迎え、QPRというチームは下位を低迷し、降格の危機にありました。ホームゲームとはいえ、その日の対戦相手は格上のトテナム・ホットスパー。1-0で折り返したハーフタイム、スタンドに陣取ったある若者の集団が大写しになりました。おそろいのTシャツの胸には「Keep Calm and Staying Up」(落ち着いて残留しよう)の文字が。
こんなところにもあのコピーの変形が、しかも類似のデザインで、と感慨深いものがありました。ちなみに、試合は1-0のスコアのまま終了し、その後、宮市亮の所属するボルトン・ワンダラーズをわずか勝ち点差1で交わしたQPRは、見事残留を果たしたのです。
この試合は一部のファンにとってはとても重要な一戦で、我々も仕事の手を休め、一緒にテレビ観戦しました。そして、QPRの勝利にほっと胸を撫で下ろしたのでした(我々がどのチームのファンであるか、ここでは触れないでおきます)。
(NHK出版 林 史郎)
※本書発売記念 コリン・ジョイス氏×森田浩之氏 トークセッションの模様を公開中!
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