「東京マッハ」というイベントがあります。みなさんはこのタイトルを聞いてどんなものだと思われましたか?
正解は、句会。俳句を数人で持ち寄って、ああだこうだと感想を述べ合う集まりのことです。「東京マッハ」は、観客をまきこんで言葉遊びに興じるライブ型句会のことなのです。会の名前は、「俳句は速い」ということに由来しています(どう「速い」のかは本書をご参照ください)。
そして本書は、句会を楽しむための俳句入門書。まず、知識ゼロでも、一句も作らなくても、買ったその日に句会が楽しめる(!)方法が収載されています。 俳句を作るための最小限の知識もおさえています。そして、先入観を捨てて俳句を体験してみると、眠っていた「ことば神経」がいきなり活性化するということがわかります。
本書については、著者みずから、日経ビジネスオンラインの連載「飛びこめ!かわずくん」内
『千野帽子のマッハ575』マッハ31.(7月6日更新)にて解説しておられますので、こちらもぜひごらんください。
本書のねらいにつきましては、千野さんによる記事のなかでほぼ、言い尽くされていると思いますので、ここでは担当者から、どうして「俳句を作らなくても句会や俳句が楽しめる」などという、いっぷう変わったことが書いてある入門書が生まれたかをご紹介させていただきます。
きっかけは昨年の4月、震災のショックでまだ東日本が落ち着かない日々を過ごしていたころにさかのぼります。
当時「句会って何?」というくらいに俳句に興味がなかった私。ある取材でお世話になった日経BP社の山中浩之さんに「知ってます? 俳句って面白いんですよ」といわれ、最初は正直「ふうん」という程度だったのだが(山中さん、ごめんなさい)、彼が担当している俳句連載の執筆者のひとりが、名コラム「
毎日が日直。」の千野帽子さんと知り、読みはじめた。
たしかに連載で千野さんが言っていることは、予想していた「俳句」っぽくなくて面白い。相方である俳人・堀本裕樹さんの指導もわかりやすい。それで山中さんに、この連載の書籍化の可能性を千野さんにご相談したいので紹介してくださいとお願いした。
そして打合せ当日。千野さんに「俳句の、なにがどうしてそんなに面白いんですか?」と聞いてみた。すると、「俳句は句会が面白いんです。俳句を作るのは句会のためです」と言うではないか。
そもそも俳句がわからないのだから、句会なんてわかるはずもない。しかし、千野さんが、あまりに句会が面白い面白いと言うので、だんだん「その楽しさを知らないままでいるのは、何かすごくもったいないことなのではないか」という疑念にとらわれるようになった。
どうやったらその面白いことが体験できるのかとたずねると、千野さんは、「句会は、メンバーが大事なんです」とおっしゃる。面白い句会をやるには、「いい<よみ>ができる仲間と実行する」という条件があるらしいのだ。
そうか、いけてる仲間か……って、まず必要なのは「うまい俳句を作る」ことじゃないんですか!? ますますわからないので、「一度、その面白い句会というものを見学させてください」と頼んでみた。それが、「東京マッハ」のはじまりである。
千野さんの集めた「いい仲間」とは、ゲーム作家の米光一成さん、小説家の長嶋有さん、そして連載の相方にして俳句界のプリンス、堀本裕樹さんであった(vol.1)。豪華な顔ぶれである。しかし、いくら豪華メンバーとはいえ、会じたいは地味なんじゃないのかしら? だって俳句だし……。
そして当日。私は、撮影していた記録用のビデオがぶれぶれになるほど爆笑していた。生粋の大阪人をして、「句会って、お笑いライブみたいに面白いやんか!」と感嘆させる、このハイレベルなことばの応酬は何でしょう。
笑いのあとに来たのは驚きだった。〈全員が全長52メートル〉や〈よりによって花火の晩にそれ言うか〉といった、「え? これって俳句なの??」という作品がある。〈夏シャツや大きな本は置いて読む〉〈つりしのぶ暮れて厨の音色かな〉※といった句には、一瞬で、自分がまるで風通しのいい日本家屋で暮らす子どもになったように錯覚した。17音の文字を見るだけで、ぜんぜん違う世界にワープさせてもらえる。それは不思議な体験だった。
出演者たちは、作者でさえ予想もしなかった解釈を披露する。そして、たぶんまたぜんぜん違う想像をしているであろうとなりのお客さん。「ことば」って不思議で自由なものだったんだ。予期せぬ形で、私は俳句とまったく新鮮に出会いなおしたのである。
衝撃の句会初体験から1年あまり。いまだに一句も作っていませんが、素敵な俳句をたくさん知るようになり、確実に楽しみが増えました。本や映画と同じように、「!」という句を見つけたときに、これってアレだよね、いや私はこう読んだよ、などと、気の合うだれかとおしゃべりするのは句会のようなものかもしれない。
だからぜひ本書をきっかけに、まだ俳句に興味のない方にも、ラディカルな俳句や句会の世界をのぞいてみていただきたいのです。その面白さを知らないまま過ごすのは、とてももったいないことだと思うから。
(NHK出版 福田直子)
※本書をお読みになる方にネタばれにならぬよう、各句の作者は伏せております。