マイコンテンツや、お客様情報・注文履歴を確認できます。
閉じる
0
0
カートを見る

インタビュー

英語ができたら、Hello! WORK
国境なき医師団・広報
谷口 博子さん

基礎英語2 2016年6月号連載

文・取材協力:髙橋和子
写真:編集部

「英語ができたら、将来どんなことができるの?」―そんな疑問にこたえるべく、英語を使って働いている人にインタビューします。
英語ができたら、Hello! WORK とは?「NHKラジオ 基礎英語2」の人気連載。9/2(金)放送の“Friday’s Special[INTERVIEW]”とあわせてお楽しみください。

顧みられていない命の危機を証言する仕事です

─国境なき医師団について、また、谷口さんが所属する広報部の仕事についてお聞かせください。

国境なき医師団(Mždecins Sans Frontires 以下、MSF )は、緊急性の高い医療ニーズがある地域で、医療援助活動を行う団体です。1971年にフランスの医師とジャーナリストのグループによって作られた非政府組織(NGO)です。わたしが所属する広報部は、その世界各地の命の危機をウェブサイトや広報誌などを通じて発信するとともに、新聞やテレビなどの報道機関に、医療援助の現場の実態を伝えてほしいと働きかける役割です。広報というと、一般的には、企業や団体の宣伝や、情報を伝える役割をイメージしますが、MSFの広報の根幹は、わたしたちが実際に目撃した顧みられていない命の危機を世界に向けて証言することなので、「証言活動」と呼んでいます。

─ MSFの活動とはどのようなものですか?

現在は60か国以上、400近い地域で、無償の医療援助活動を行っています。活動資金の約90%は、民間からの寄付です。
援助の対象は、紛争による難民・国内避難民、自然災害の被災者、慢性的に基礎医療が受けられない地域の人々などで、爆撃や銃撃による負傷、マラリアなどの感染症、貧困による栄養失調、母子保健の欠如など、さまざまな医療ニーズに対応しています。

─医療に特化しているところが、ほかの人道援助団体とはちがっていますね。

そうですね。それともうひとつ、国際機関・国や特定団体からの干渉や制限を受けることなく、「独立・中立・公平」を維持していることも大きな特徴です。近年世界各地で起こっている政情不安の多くは、政府・反政府や部族の対立、テロの頻発などが複雑にからみ合っています。MSFは、いかなる組織にも寄らず、すべての当事者に対してわたしたちの立ち位置を説明しています。活動に際しては、国籍や人種、政治や宗教にかかわらず、分け隔てなく人々に医療を届けています。MSFの敷地に入る前にすべての武装を解いてもらい、敵対する勢力の患者さんが隣同士で診察や治療を受けることもあります。

英語、フランス語、現地語で、世界中のスタッフと連携

─ MSFでは現在、どのくらいのスタッフが働いているのでしょうか?

現地スタッフは3万人以上、累計で7000回の派遣実績となる海外派遣スタッフが約3000人います。事務局は28か国にあり、2600人の職員が勤務しています(以上2014年実績)。海外派遣スタッフは登録制で、日本は300人以上の登録があります。派遣は活動地の職種のニーズと派遣期間、ご本人のスキルと派遣可能時期を考え合わせて進めます。日本では2014年に87人が計126回派遣されました。登録が多いほど活動地のポジションとの適合もより可能性が広がるので、事務局では通年、スタッフ募集の呼びかけも行っています。派遣スタッフは、医師や看護師などの医療スタッフが全体のおよそ半数、あとの半数は、ロジスティシャン、アドミニストレーターといった非医療スタッフです。

─ロジスティシャンやアドミニストレーターとは、どのような仕事ですか?

医療施設がない地域では、現地で資材を調達して病院を建設し、それが難しい土地や突発的な災害などでは、空気でふくらませるテント病院を設置します。水道や電気が通っていない地域では、必要最低限の生活インフラをととのえる必要があります。そうした仕事を統括するのが、ロジスティシャンです。さらに、現地スタッフの雇用や給与支払、経理、予算管理など、人事や財務を担当するのが、アドミニストレーターです。彼らのような縁の下の力持ちがいて、初めて医療援助活動ができるのです。

─仕事内容は本当に多岐にわたるのですね。日本の事務局で働いている谷口さんは、どのようなときに英語を使うのでしょうか?

MSFの事務局には、それぞれ広報担当者がいます。取材者として現地に入る広報担当者もいて、患者さんや派遣スタッフの声を集め、写真や映像を撮り、活動の進捗状況や課題を確認して、記事やビデオ、報告書などにまとめます。それらをMSFの公用語である英語とフランス語で、日々全事務局で共有しています。わたしは英語の資料に目を通し、毎朝ミーティングをして、MSF日本の公式サイトやSNS、日本のメディア向けに、どの情報をどんな順番で届けたらいいかなどを同僚と話し合います。事務局には多様な国籍の職員がいるので、会議も英語です。海外のスタッフとインターネット会議をすることもあります。

英語上達のきっかけは近所のお姉さん

─学生時代はどのように英語に取り組んでいましたか?

中学時代も高校時代も、基本は学校の英語の授業がベースで、特別に猛勉強したわけではありません。ただ、中学校の3年間は、NHKラジオ「基礎英語」を聞いていました。毎朝母親が起こしてくれたおかげで続いたのですが(笑)。幸いだったのは、近所に大学の英文科に通う優しいお姉さんがいたこと。中学3年生の後半だけ、彼女に英語を見てもらって、成績が上がりました。もともと、海外にとても興味があったこともあり、大学は英文科に進みました。ただ、講義は読み書きが中心で、自習も足りず、スピーキングやリスニングは苦手なままでした。

─どのように会話のスキルを高めたのでしょうか?

大学卒業後は教材を作る会社に入り、英語教育や国際理解をテーマとする出版物の編集者をつとめました。しだいに、より国際理解に寄った仕事がしたいと思い始め、また「海外の人に直接インタビューできるようにもなりたい」との思いから、勤続10年の節目に退職して、ロンドンの大学のジャーナリズムコースに留学しました。大学で学びながら、現地の新聞社でも働きました。最初はイギリス英語の発音やスラングが聞き取れず苦労しましたが、人種のるつぼで異文化にもまれ、有意義な1年間を過ごして帰国しました。

─帰国後はどのように活動されたのでしょうか?

フリーランスの編集者として、国際理解をテーマとする雑誌作りに取り組みました。それを10年ほど続けたのち、より深く踏み込こんだ国際理解にかかわる仕事がしたいという思いから、MSFの求人に応募しました。たまたま広報部が日本発のコンテンツの充実を目指して編集部門を立ち上げたいと検討していた時期で、新設の職種で迎えられました。

─仕事の難しさや、だいごみについて聞かせてください。

MSFは、支出に占める援助活動費と広報活動費の合計が約80%と非常に高く、事務局の運営費などはできる限りおさえています。寄付や人材を募るためにも、紛争や貧困などによる命の危機をより多くの人に知ってもらう必要がありますが、広告にたくさんの費用を投じることはできません。いかに費用をおさえて、効果的に情報を広められるかは、事務局全体の挑戦です。報道機関への働きかけも重要です。自然災害やエボラ出血熱の大流行など、突発的な緊急事態はさかんに報道される一方で、何十年も基礎医療さえないなど、慢性的な問題は「ニュース性が低い」ため、なかなか報じられないからです。
昨年は、ある新聞社の記者が関心を持ってくださり、南スーダンの活動地を取材してくれました。紛争、難民・避難民、感染症など問題が絶えない国です。わたしも同行して患者さんやスタッフに取材しましたが、過酷な現状にことばを失いました。