NHK出版新書(NS新書)

【伊勢崎賢治(東京外国語大学大学院教授)氏特別インタビュー】

ビンラディン「処刑」 ここからまた、新しい恐怖が始まった。

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2003年11月、アフガニスタンで。
伊勢崎氏の政策ビジョンによりDDR(兵士たちの武装解除、動員解除、市民社会への再統合)の国際監視団が 日本大使館内に設置され、日本のアフガニスタン復興への貢献は広く国際社会に知られるところとなった。
 2011年5月1日(日本時間2日)、国際テロ組織アルカイダの指導者、オサマ・ビンラディン容疑者がパキスタンのイスラマバード郊外、アボッタバードにある邸宅で殺害された。
 アメリカのオバマ大統領は会見でこれを、「テロとの戦い」の最大の成果だと語った。「正義はなされた」とも。そんなホワイトハウスに惜しみない賛辞、祝辞を贈る同盟国首脳、「9.11」で標的にされた国際貿易センタービル跡「グラウンド・ゼロ」に集まった歓喜の群衆――。ニュース映像を見ながら、違和感を覚えた方もいるのではないだろうか。
 アフガニスタンで北部同盟軍閥の武装解除にあたり、アメリカのアフガニスタン政策にもくわしい伊勢崎賢治氏は、報道直後、自身のツイッターに「これは、戦争の終結ではない。新しい恐怖の始まりである」とつぶやいた。ビンラディン殺害を受け、アメリカの同盟国である日本は、「テロとの戦い」においてどのような役割を演じることになるのか。近著『紛争屋の外交論〜ニッポンの出口戦略』(2011年3月刊)で、頻発する紛争やテロを、いかに外交努力で抑止するかを論じた伊勢崎氏に聞いた。

 

オバマは「テロとの戦い」に勝利したのか

――前任者のブッシュからオバマが引き継いだ「テロとの戦い」に出口が見えず、オバマは苦境に立たされていましたが、今回のビンラディン容疑者殺害は、「出口」につながると思いますか。

伊勢崎 サダム・フセインのときのような生け捕りではなく、殺害してしまったというのは、作戦としては大失敗だったというほかない。なぜ捕捉ではなく殺害という結果になったのか、現段階では確定的なことはわからないし、すでにさまざまに乱れ飛ぶ謀略説の類は何の益ももたらさないので、憶測することに意味はない。
 しかし、刻々と伝えられるアメリカ政府の発表が当初のオバマの談話と矛盾する、あたかも取り繕うようなものばかりであることや、山岳地帯でもなく市街地に近い作戦であるにもかかわらず、無人爆撃機を使ったピンポイント攻撃でなく、高度な戦闘技術を持つ特殊部隊を投入したという事実は、ビンラディンの死亡が「想定外」であった可能性を示唆している。

――それがなぜ、失敗だったのでしょうか。

伊勢崎 アフガニスタンとアメリカだけでなく、諸国に新たな緊張と恐怖を引き起こしてしまったからだ。
 今、一番緊張しているのはインドだろう。米世論はパキスタンの信頼性について揺れているが、アルカイダ残党粛清のため、アメリカからパキスタンへの軍事供与は確実に進む。それに反発するパキスタン国内の過激派勢力の憎悪の矛先がインドに向かい、再びムンバイのような大規模テロを起こすかもしれない。そうなれば、インド国内のヒンドゥー・ナショナリズムにも再び火がつく。アジアで最も緊張している核保有国インド‐パキスタンが対峙するこのエリアで、アメリカはさらなる緊張を招いた。

 ビンラディンの死亡が、当初言われていたように銃撃の応酬の結果ではなく、のちに統一されたように殺害目的の作戦によるものであったということになれば、真実はどうあれ、イスラム原理主義者たちにとってビンラディンの死は、「聖戦における殉死」ではなく、アメリカによる「処刑」を意味する。指導者を失い、メンバーの捕縛がより進むに伴い、アラブ世界のアルカイダはある程度、勢いを失うだろうが、いまやテロ組織は広範囲に拡散し、新しい過激派組織が各地に根づき始めている。最近ではそうした組織のすべてに影響力を発揮することができなくなっていたといわれるビンラディンだが、彼の「処刑」によりその聖性は一気に高まった。こうした象徴の一極化は、今後、一部の原理主義勢力のラディカライゼーション(過激化)を更に進めこそすれ、緩和することはないだろう。

 アメリカ対テロ戦の敵は、アルカイダでもタリバンだけではない。ましてや、文民政権と反目し、テロリストを匿っていたといわれるパキスタン国内の旧勢力だけでもない。アメリカ最大の敵は、「ラディカライゼーション」と「PRクライシス」だ。
 なぜ、兵士だけでなく女性や子どもまでもが背中に爆弾を背負い、自分たちに向かって突っ込んでくるのか。アフガニスタンへの派兵を何十万に増やしても、憎悪の過激化の火種は絶えることはない。過激化のやっかいなところは、世代も地域も超えて継承されるという点だ。オバマ自身もその怖さをじゅうぶん知っていて、「軍事作戦だけではこの戦争に出口はない。全世界が協力して、ラディカライゼーションを生まない社会をつくらなければならない」と公言している。にもかかわらず、ビンラディンという象徴を殺害することにより、ラディカライゼーションを進める上で最も分かりやすい、最も強力な口実を与えてしまった。

――もうひとつの「PRクライシス」というのは。

伊勢崎 アメリカは世界の警察として「民主主義と正義と人権の守護者」を標榜している。一方で、自国や戦争相手国の人間を殺し続けている。標榜するスローガンと実際にやっていることに明らかな矛盾があるにもかかわらず、民主主義の敵であるテロリストとの戦いを止めることができない。
 オバマは「正義がなされた」と演説したが、正義の執行は「法」、つまり国際社会の秩序の下になされなければならないはずだ。民主主義の敵なら殺してもいい、というのが法ならば、リビアやシリアの指導者を何の裁きもなく殺していいことになってしまう。戦争下における重大な人権侵害事件などを裁く国際法廷も、アメリカ国家を訴追する人間がいないかぎり、国家による殺人という人権侵害を裁くことはない。
 どんな戦争でも、戦後にはいつもこうした「正義」と「人権」が相容れないモラルハザードの問題が起きるが、今回もアメリカはこれに苦しむことになるだろう。

タリバンとの「和解」がすすむアフガニスタン。そこに隠された問題とは――

――しかし、アフガニスタンでは、今回の一件を機に、アメリカ‐NATO軍とタリバンの和解交渉が進み、アフガニスタンが安定化に向かうという楽観論も出ているようですが。

伊勢崎 その「和解」が常にいいことかどうか、単純にはいえない問題だ。僕が任務で赴いた紛争現場では、「正義」と同じく、「和解」も人権を犠牲にすることがたびたびあった。
 繰り返すが、アメリカ‐NATO軍はアフガニスタン戦に疲れ果てている。来年、選挙を控えるオバマにとって、世論の根強い増派反対論は自らの政治生命を脅かすものだが、かといって増派しなければ勢いを盛り返してしまったタリバンを倒すことはできない。そうしたジレンマの中で、オバマはいつも「出口」を探していた。確かにビンラディン殺害後、オバマ政権の支持率は一時的に高まった。アフガン増派への反対論もある程度なりをひそめ、タリバンとの表面的な政治和解(アフガニスタン政府へのタリバンの参加)をすすめる機運は更に高まるだろう。しかし、内情を知る僕にとっては、今この時期におけるタリバンとの和解は、無責任な出口戦略であるといわざるをえない。
 まず、先ほどもふれたモラルハザードの問題。アメリカが一度は「テロリスト」のレッテルを張った相手、タリバンを政権に参画させるという動きに呼応して、2010年1月には、国連安全保障理事会が、国連制裁リスト、いわば「テロリストのリスト」から一部のタリバン高官の名前を除外した。日本ではあまり報道されていないが、これは国際社会が「テロリストに妥協した」という信号を送ることに等しい。テロリストに「勝利した」と思わせれば、さらに図に乗ってテロ攻撃を拡大するかもしれない。こんな状況で、「元タリバン」に恩恵を与えると公表すれば、テロ組織が強化されるのは明らかだ。もし僕がタリバンの司令官なら、部下に「タリバンを辞めた振りして行ってこい。恩恵をもらうだけもらって、また戻ってこい」というだろう。その恩恵に使われるのは、われわれの血税だ。

――といいますと。

伊勢崎 実は、日本は既にこの「テロリスト」との和解に一役買っている。詳しくは『紛争屋の外交論』にも書いたが、民主党鳩山政権は、自衛隊によるインド洋での給油活動を停止するという選挙前公約を実現するために、その年間予算のほぼ10倍にあたる10億ドル(約800億円)を毎年、5年間にわたって、アフガン支援に充てるという「小切手外交」をやった。その使い道として日本政府が苦し紛れに表明した主なものに「元タリバン兵」の社会再統合や、アフガニスタンの警察官給料の支払いがある。
 2002年当時、西側諸国はタリバンに勝った、あとはパキスタンに逃げ込んだアルカイダの残党を追い詰めるだけでいいと思っていた。
 しかし、僕が北部同盟の軍閥を武装解除して当地を去った後、ブッシュは「力の空白」を埋め、秩序を保つためにまずいやり方を選択した。警察を大規模に急ごしらえするために、アメリカは民兵をどんどん警察官として登用した。当然警官には小火器を携帯させる。戦後の混乱期に、なんでもいいからとロシアから輸入してまで銃を持たせた。結果、地方軍閥の子飼いの民兵の再武装化につながった。
 彼らこそ、今、GOLIAG(Government Linked Illegal Armed Group)と呼ばれる「政府」系「不法」武装組織だ。麻薬がタリバンの資金源になっていることは広く知られているが、この政府系の不法組織も手広く麻薬を扱っている。今、タリバンと彼らの区別をつけるのは難しいが、このGOLIAGは、アフガン警察、特にまだまだ軍閥の支配下にある地方の警察に巣食っている。
 この、軍閥の民兵と化したアフガン警察官に給料を払っているのが日本なのだ。多くの日本人は、自分たちの血税が被援助国の腐敗と混乱を助長させていることなど、知らないだろうが。

日本はテロのターゲットにされるのか

――「テロとの戦い」の行く末は、決して楽観できないことはわかりました。テロリストの、アメリカへの報復感情が高まると、同盟国である日本も狙われる確率が高まるのでしょうか。

伊勢崎 先ほども言ったように、いまや過激化の種は世界中に拡散している。この一件だけをもって、すぐに日本国内に向けてテロ攻撃が起きる可能性が高まったとはいえない。少なくとも、自分の体に爆弾を巻きつけて人混みに突っ込むような自爆テロは、外国人が少なくセキュリティ網が都市部に張り巡らされている日本では起こる可能性が低い。あるとしたら航空機ハイジャックや通信システム侵入などによるインテリジェンスなテロだろうが、組織的に高度な作戦を練って実行する大規模テロには、資金も組織力も時間も(半年以上)かかるので、その間にテロ対策を見直さなければならない。特に、今回の福島第一原発事故は、電源設備をターゲットにすれば小規模な攻撃でも壊滅的な被害を与えられることを世界中に知らしめてしまったので、原子力設備のセキュリティ強化は直ぐになされるべきだ。
 短期的にいま、僕がいちばん心配しているのは、人道的見地から海外援助に出かけているNGOや外務省職員などが、ソフトターゲットになる(文民がテロ攻撃の標的になる)ことだ。きちんとした組織なら、それなりの危機管理行動基準にもとづき、現地の情報も収集して活動しているはずだが、いましばらくはとくに用心してほしい。
 一方で、テロ攻撃を恐れるあまり、むやみに援助を引き上げるべきではない。
 東日本大震災の復興に充てるため、ODA予算を縮減する方針が発表された。そのこと自体は、きちんと被災者のためになる復興に使われるのであれば異論はない。しかし、投入できる資金が減った今こそ、アフガニスタンに対して行ったような党利目的の馬鹿馬鹿しい使途ではなく、いかに不安定地域の治安を安定化させ、過激化を緩和していく援助につながるかを国民がチェックしていかなければならない。
 特に、アフガニスタンとの国境に近いパキスタンのトライバル・エリアなど、支援や統治が届きにくく貧困にあえぐ地域は、麻薬の栽培で生計を立てるしかない民もおり、テロリストを生みやすい環境にある。こうした地域は危険だが、あえて、勇気をもって日本が開発援助に入り、開いていく必要がある。こうした努力こそ、平和国家である日本に期待される役割だろう。
 僕は年来言い続けているが、「どんなにアメリカと仲良くしていても、平和憲法を押し戴く日本は、きっと自分たちに戦争を仕かけてこないだろう」という信頼感が、まだアジアを中心に残っている。九条は現実には空洞化しているが、利用価値がある限りは使うべきだ。日本を「PRクライシス」の国にしてしまうかどうかは、我々の政治選択にかかっている。
 不安を煽る好戦アジテーターや、現実を見ずに反対スローガンを繰り返すだけの「平和運動家」に惑わされることなく、日本とアジアの平和をどう守っていくかを、いま一度真剣に考えてもらえればと思う。

(2011年5月6日 東京都内にて。 聞き手:NHK出版新書編集部 福田直子)

【伊勢崎 賢治(いせざき・けんじ) プロフィール】
1957年東京都生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了。
東京外国語大学大学院「平和構築・紛争予防講座」担当教授。国際NGOでスラムの住民運動を組織した後、アフリカで開発援助に携わる。国連PKO上級幹部として東チモール、シエラレオネの、日本政府特別代表としてアフガニスタンの武装解除を指揮。
著書に『インド・スラム・レポート』(明石書店)、『東チモール県知事日記』(藤原書店)、『武装解除』(講談社現代新書)、『伊勢ア賢治の平和構築ゼミ』(大月書店)、『アフガン戦争を憲法9条と非武装自衛隊で終わらせる』(かもがわ出版)など。

★2011年5月19日(木)、伊勢崎さんがトランペッターとしてジャズライブに出演。最新の情況をふまえたトークも聞けます。
「今回の暗殺劇に深ーく関わったパキスタン諜報部と数年前から個人的な接触もあり、現在報道されているものとは、少し違った〈真実〉を感じています」と伊勢崎さん。吉祥寺メグにて19時半より。詳細は http://www.meg-jazz.com/

― 附 ―

下記は、本書の序文からの抜粋引用です。インタビューで伊勢崎氏が述べられている内容の理解を深めるのに役立つと思いますので、著者の許可を得て転載します(編集部)。

 

 2010年夏、僕はデリー大学大学院の社会科学研究科の客員教授としてインドに招かれ、この超難関校に集う未来のリーダーたちを相手に平和構築にかんするレクチャーを行っていました。インドを訪れたのはじつに25年ぶり。20代のころ、「紛争屋」としてのキャリアの端緒となる活動がもとで、政府から国外追放をくらって以来のことです。

 ゼロの発見に留まらず、歴史上、偉大な哲学者、数学者が輩出した文明国であり、ガンディーの非暴力主義など、世界の思想の潮流をつくってきたインドは近年、めざましい経済成長を遂げています。さらに、NPT*3非加盟でありながら核を保有し中国と肩を並べるこのスーパーパワーに対して、アメリカのオバマ大統領は国連安保理常任理事国入りを餌に、共同核開発と、アフガンでの対テロ戦の出口戦略のパートナーとしてのコミットメントを促そうとしています。
 1947年。ガンディーの夢は、「一つのインド」としてのイギリスからの独立でした。
 その夢もはかなく、イスラム教徒はパキスタンとして、「ヒンドゥー」インドから分離独立。以来、カシミール領土問題に象徴されるように武力対立が続き、ついに両国は、暴力装置の極致である核兵器の保有国となりました。敵国インドの脅威は、パキスタンを極度の軍政化と、イスラム原理主義に向かわせます。
 冷戦時代、ソ連のアフガニスタン侵攻に対して、アラブ諸国とアメリカ・西側諸国は、隣国パキスタンをベースに、一致団結してアフガン聖戦の戦士たちを支援しました。ソ連撤退後、パキスタン軍部は、アフガニスタンにインドの手が伸びるのを恐れ、急進的イスラム原理主義を標榜するタリバン政権の樹立に暗躍します。そのタリバンは、国際テロ組織アルカイダと結びつき、国際社会から孤立。アルカイダは、運命の9・11同時多発テロを引き起こし、アメリカの報復攻撃が始まりました。
 アメリカはパキスタンを脅迫します。このままテロリストを支援するのか、と。パキスタンの軍事政権はコロッと態度を変え、アメリカ軍への協力を表明。これに怒ったのが、タリバンを支援してきたパキスタン国内の原理主義勢力です。更なる過激化に火がつき、アフガン問題を通してアメリカを、カシミール問題を通してインドを敵と見なす彼らは、パキスタンを国際テロリストの温床にしてしまいました。インド最大の人口を擁するムンバイでも、既に大勢の市民がテロの犠牲となっています。犠牲者が出るたびインド国民は、「パキスタン憎し」で熱狂し、「非暴力」の故郷インドを、排他的なナショナリズムに駆り立てます。
 現在、アメリカが、アフガンでの泥沼化した対テロ戦の地平線上に見据え、おののいているのは、インド・パキスタン間の憎悪が頂点に達し核のボタンが押されること。そして、パキスタンの原理主義勢力が台頭し、脆弱な民主政権が土台から崩壊した結果、パキスタンの核がテロ組織に拡散することです。そうなると、第二の「9・11」は、アメリカ本土への核攻撃という形をとるでしょう。こうした最悪のシナリオを想定すると、アジアの、いや世界の安全保障を考える上で、インド・パキスタンが最重要エリアの一つであることは間違いありません。インド・パキスタン、アフガニスタン・アメリカに日本はどのようにコミットするべきなのか――。

 デリーの大学教員宿舎でそんなことを考えていると、日本から「尖閣諸島で日中関係が大変なことになっている」と便りがありました。インドではかなり多彩な国際ニュースが報じられていますが、尖閣沖の漁船衝突事件など全く知られていなかった。それもそのはず、いっちゃあ悪いが、カシミールに比べたら、尖閣なんてちんけな問題です。だいいち、インド・パキスタンのように、臨戦中の事件じゃない。もちろん、歴史上、小さな事件が大戦を引き起こした事例もありますし、平和時でも、小さな誤解が大きな緊張を引き起こし、武力衝突の火種になることも十分考えられます。でもだからといって、わざわざ火種にすることはないのです。
 尖閣のようなことが起こると、メディアがまず熱狂します。つまり中国の脅威を煽あおる。何にでも一言いわざるを得ないコメンテーターたちが芸能ニュースのノリで吠える。加えて、評論家、軍事専門家、国際政治学者、大学の先生たちも好戦アジテーターと化す。こういう時に、国の民主主義が、民衆の人気取りだけに奔走する衆愚主義に陥れば、憎悪の熱狂が、戦争という政治決定にたやすく転じてしまう可能性があります。冷静に考えて、戦争が実に割に合わない状況であっても、です。
 もし、日本と中国が戦争状態になったら、日本の国際企業は、労働市場とマーケットを求めて日本を見放すでしょう。日本が単独で、中国と軍事力でガチンコ勝負するなんてことはさすがのアジテーターたちもいわないから、頼みは日米同盟です。しかし、アメリカ国債の四分の一を取得するといわれる中国に、日米同盟のためだけにアメリカが全面戦争を仕掛けるなんて、どんな偏った軍事専門家でも荒唐無稽と見なすでしょう。日中間で武力衝突が起きたとしても、和平の仲介役を装い、日中両方から感謝され貸しをつくるシナリオを描くのがアメリカという国です。
 繰り返しますが、こんな割に合わない状況でも、愚かな政治決定がなされる可能性はあります。戦争が起き、そして戦争に負けても、民間のアジテーターたちは敗戦国民衆として戦争の被害者になるだけ。太平洋戦争の戦後がそうであったように、彼らの戦争責任は問われません。こういう理由で、僕は、熱狂を煽る人たちに対して、尖閣なんてちんけな問題だ、と言い放ちたい。

 日本を離れ、アフリカ、中東、アジアの紛争に関わることで「戦争と平和」に関して見えてきたことが、僕には多々あります。今僕は大学教員として、イラク、アフガニスタン、ボスニア、ミャンマーといった紛争当事国から来た留学生たちと一緒に、「どうやったら紛争を防ぐことができるのか」を研究しています。先に白状しておくと、その答えはまだ、見つかっていません。民衆の「熱狂」に対して、どう確固たる対処をするかは、まだ試行錯誤の状態です。ただ、実感として、「これは違う」「これはまずい」と断言できることはいくつかある。
 その一つは、「弾圧」してはいけないこと。好戦アジテーターたちは罪深いといって、まだ彼らが少数派の時に粛正して、芽を摘んでしまおうなんて考えはダメです。それは全体主義につながります。だいたい、弱いものイジメは卑怯です。僕は嫌だ。
 好戦アジテーターがプロパガンダ戦術を使うからといって、こちらもカウンター・プロパガンダで対抗するのはどうでしょうか。これも、理屈よりも、相手をいい負かす声の大きさや、演出のためにいくら金をかけられるかとか、そっちのほうの勝負になるからダメ。
 じゃあ、どうするか。「ちんけ」は、その辺りも考えた上での表現です(でもやっぱり、これもプロパガンダかな?)。
 日本はまだまだ平和です。だけど、平和というものは、壊れ始める時にはなかなか気づかず、気づいた時にはもう、手遅れなんです。僕は、かずかずの悲劇からそのことを学んできた。今、平和構築・紛争予防を学問として研究しているのも、「人間は、なぜ過去の経験から学べないのか。なぜ、交渉ごとで紛争を予防することができないのか」という思いがあるからです。
 かろうじて日本が「平和」である今こそ、ちょっとした外交上のゴタゴタがある今こそ、近隣の国々との関係について、日本とアジアの平和をどうやって守るのかについて、考えるいい時機なのかもしれません。今や日本はアメリカとの二国関係だけ考えていては、生き残ることはできないのですから。
 では、どのように世界を見、どのようにふるまうべきなのか。
 僕は、NGO、国連、政府の特別外交スタッフと、その時々によって肩書きは違えど、四半世紀にわたって紛争と和平を飯のタネにしてきた「紛争屋」。本書は、紛争地で任務をともにしたタフな実務家たちとの議論をふまえた、そして愛国者を自認する僕が祖国への最後の希望を託した、私的外交論です。

「マガジン9」(こちらで伊勢崎さんのイベントレポートが読めます。)

 

紛争屋の外交論NHK出版新書 344
紛争屋の外交論
〜ニッポンの出口戦略

伊勢崎 賢治

詳しくはこちら
【目次】
第一章 紛争屋がみた「戦争と平和」
第二章 拉致問題と北朝鮮〜和解と人権のジレンマを乗り越える
第三章 沖縄「独立」論〜差別を逆手にとり日米を動かせ
第四章 日米同盟VS九条と自衛隊〜外交をダメにする思考停止
特別対談×宮台真司 「ソフトボーダー」〜平和が儲かる出口戦略

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